鍵っ子もいろいろと思うことがあるんです
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「終わりの惑星のLoveSong」考察
No.12「Heroの条件」



在り得ない「何千万キロの道」を歩くということ

それではNo.11「Last Smile」に引き続きNo.12「Heroの条件」について考えていきたいと思います。是非「Heroの条件」を聴きながら読んでみてください。麻枝さんと中川君の合作ということもありこのアルバムも遂に佳境を迎え切った感じではないでしょうか。厳かな雰囲気の中で語られる賢人と旅する少年、そして物語を説く「ぼく」を取り巻く終わりの惑星のLoveSongを紐解いてみましょう。最初に着目しておきたいのは彼が世界を救う英雄になるための旅路は「何千万キロの道」を歩くことだった、ということです。



何千万キロの道をきみは歩いた



地球一周は約4万6000キロと言われています。結論から言えば彼が何千万キロの道を実際に歩くことはその生涯すべてをかけても不可能です。地球を1000回、もしかしたらそれ以上に歩くことになるのかもしれません。そして例え同じ地球を1000回2000回と歩いたとしても、「ぼく」が説く賢人の物語そのすべてを知ることはできません。何故なら説かれた賢人たちの物語は別の惑星で語られた物語なのかもしれないのですから。その根拠は少年と「ぼく」の旅路が何千万キロもの道程であったことから窺い知ることができます。同じ惑星を何千と周回したとも考えられますがHeroの条件における「きみ」と「ぼく」の旅路と賢人達の物語が同一時系列上に存在していること、しかしながら個々の世界観に気持ち悪いほどズレが生じていることから惑星が異なり、同時にここで形成された文化に違いが生じていたと考えるのが妥当ではないでしょうか。同一銀河上で「凍る夢」における仮想現実を生むほどの科学技術が存在し、さらに「Last Smile」における熱心な研究者が地球を終わりに至らしめる「悪い菌」を研究できるほどの施設が存在したことからも、宇宙を渡る箱舟が存在していたとして何ら不思議ではありません。



次目覚めると、ヘッドセットマイクを付けた女性があたしを見下ろしこう告げた
バグが発生しました、と


昔は熱意のある研究者で
子供たちのため世界を治そうとした


ある日聞いた話 宇宙へ旅立つための大きな船を造っているらしい



とある惑星では、当然のように魔法使いが存在するのかもしれません。ある惑星では、かつてのローマ時代のように剣奴が見世物としてコロッセウムで戦い合う日々が存在するのかもしれません。ある惑星では、見せしめのための死刑執行が当然なのかもしれません。ある惑星では、海を渡り海賊たちが縄張り争いを日々繰り広げているのかもしれません。そんな世界があっても私たちはそれを否定することはできません。今の桜散る現代を生きる我々は、美しい今の「地球」しか知らず、その中でしか生きていくことはできないのですから。この「地球」が終わりを迎えるその前に、もしかしたら脱出し他の惑星で行く抜く手立てが見つかるのかもしれません。しかしその移り住んだ惑星とて無限に生き抜ける安息の地ではありません。本当の最期には、すべての惑星は一つ残らず滅び「終わり」を迎えてしまいます。



ある日きみは会うなり こう言うんだ
手に持ってるだけで 魔法を使うことができる 石があるらしい
「是非探すのを手伝ってくれ」と


「この僕と決闘しろ 道は自分で切り開け」


彼女は見せしめに吊されていた
僕はそれを撃つだけのお仕事


海賊なんて名乗って格好だけつけてる優しい人
あたしもよく可愛がられた



しかし少年と「ぼく」は様々な集落、街、国、そしてそれらの惑星を渡り歩くことで世界を救う英雄になる「夢」を叶えようとしました。そして彼らと同じ人類が生活する地球に似たその惑星の数々もまた、同様に廃退の一途を辿っている姿を目にします。同じ姿をした一面灰色の「悪い菌」が蠢くその世界を。かつて青く美しくあったその惑星達は同様の変貌を遂げていました。



そして目覚めたらそこは一面灰色の世界


なにもかもが狂った世界で
きみだけが綺麗なものに見えた



成長する少年の心

世界を救う英雄になろうと決意した「きみ」は、まだ年端もゆかぬ少年でした。この少年というのを自分の中ではちょうど中学二年生くらいなのではないかなと思っています。麻枝さんはこのコンセプトアルバムを発売する前に何度も仰っていました。「この歌詞は中学二年生でも描ける状況説明に徹した歌詞なんだ」と。肉体的にも、そして精神的にも成長していない彼は無謀にも悪い菌に犯された終わりゆく惑星を救うことを考えました。しかしながら「ぼく」は当然疑問に思いました。そしてその疑問を率直に、英雄を夢見るその少年に尋ねます。「どうやって」と。



きみは世界を救う英雄になると決めた
まだ年端もゆかぬ少年なのにどうやって



きっとどうすればいいのかなんて幼い彼には全く見当もつかなかったことでしょう。しかしながら「ぼく」に聞かれてしまった以上「きみ」は必死にその手立てを考えます。年端もゆかず経験も少ない彼があるはずもない知恵を絞って。そしてたった一つ、その手立てを思いつきました。「きみ」は「ぼく」に意気揚々とその案を言い出します。「賢人と呼ばれる人を集めよう」と。賢人と呼ばれる彼らが集まればきっと世界を救うことができると少年はそう思ったのでしょう。自分は賢人を集めることで英雄になる夢が成就すると考えたわけです。



でもきみはない知恵を絞って考えた
賢人と呼ばれる人を集めよう



さて、ではその「賢人」とは誰のことなのか。彼はかつて旅を決意し、そしてこれまでの旅路に至るまでにその武勇伝を言い伝えられたことがありました。そしてその中でも最も自らが目指す「英雄」らしい能力をもってして偉業を成した4人の賢人の物語を理解し、そして信じました。



『「火吹き山の魔法使い」が極めた末に至った恋路の始まり』を。
『かけがえのない努力と懸命な理解の末に得た「Last Smile」』を。
『盲目の騎士と真実を見通す王の奇跡を謳った「Killer Song」』を。
『愛した騎士への悼みを背に自らの正義を貫く「無敵のSoldier」』を。



ある時は火山に暮らす魔法使いに
ある時はガラスの向こうの研究者に
ある時は難攻不落の城の王に
ある時は無敵とされる女戦士に



少年は「ぼく」と共に様々な賢人の物語を知り得たのだと思います。この後「ぼく」によって説かれるその4人の賢人の物語と共に。しかしながらそのすべてを少年は覚え信じ、そして理解してはいませんでした。何故なら彼はまだ年端もゆかぬ少年だったのですから。彼は兎にも角にも「英雄」になりたかったのです。彼が描く「英雄」像とは一体何なのか考えてみました。年端もゆかぬ少年が歴史に名を残す「英雄」を目指すのなら、目に見えてその偉業がはっきりと遺された賢人の物語を覚え、そしてその賢人として集めれば、従えた自分こそが真の「英雄」として名を残せるのではないか、と考えるのではないでしょうか。ですから前述した4人の賢人が少年から選ばれたわけです。存在するかもわからない与太話のArkをかつて求め、そしてただ死に逝く少年と少女の物語を、見せしめとして死を迎えようとする少女を自らの命を賭してまで助けようとした死刑執行人の恋路を、「終わりの世界から」始まったタイムリープという能力も持ちながら、その目的は少年の笑顔を取り戻すだけの旅の記録を、造花に塗れた「Flower Garden」を作り続け愛する娼婦の目覚めを祈り続けるだけで終わる少年の生涯を…どう活かせましょうか、活かそうと考えられるでしょうか。恋を知らぬ無謀な「英雄」には彼らが賢人として語られる意味を理解できずにいました。そんな彼らよりも、かつて竜が住んだとされる火吹き山の魔法使いや子供達のため世界を治そうとした研究者、真実を視る難攻不落の王、そして「無敵」と称号を恣にする女戦士のほうがよっぽど「英雄」に相応しいではないか、と考えるのではないでしょうか。まさに「格好良い」を求める中二病の末裔です。賢人たちの物語の本質を知るわけでは決してなく、魔法の石や研究者としての立場、真実を視る王と「無敵のSoldier」の称号…彼らが持つ「英雄」らしい能力と遺された偉業と結果だけを見て、少年は4人を真の「賢人」と思い込みました。ですから幼い少年の口から語られたのはこの4人の「賢人」達の物語だけだったのではないでしょうか。



何千万キロの道をきみは歩いた
でもきみはただ若い旅人でしかなかった



何千万キロもの道を歩いた「きみ」にはもう幼い少年の面影はありませんでした。年端もゆかなかった「英雄」になる壮大な夢を描き決意した大層な少年はただの若い旅人へと成長します。簡単に言えば「脱中二病」です。そして「英雄」でもなんでもない彼の元には…誰も集まることはありませんでした。「賢人」の誰一人として。賢人達とてそれぞれを懸命に生きているのですから。それぞれが愛した人とその生涯を謳歌するために。



結局誰も集まってはくれなかった



火山に暮らす魔法使いは愛する少年をマグマから救い出す手立てを魔法を極め探し出さなくてはなりませんでしたそれは惑星が終わる前に。ガラスの向こうの研究者は自らにできることはもう何もないと愛する少年と他愛ない話で精一杯の笑顔を遺すことを強く望みました。それは彼女の寿命を終える最期まで。難攻不落の王と仕える騎士は互いを守り合いそして励まし合い生き抜くことを誓いました。「無敵のSoldier」は師であり父であった彼の正義を全うし生き抜くことを心に決めました。それはどちらも惑星が終わるその時まで。



いつか必ずきみを救い出す
もっと魔法を極めて


触れ合うことなくても
確かに触れ合ってたよ
笑って過ごした
きみのさいごまで


きみはあたしをひとりの戦士に変えてくれた
きみを守る それが唯一のあたしの生きる意味


「この僕と決闘しろ 道は自分で切り開け」



賢人が誰一人集まらなかった、しかしそれでも英雄になる「夢」をあきらめず少年は再び何千万キロという道程を歩き続けました。その弱弱しい少年の背中を見つめていた「ぼく」はこの時思いました。彼がかつて「英雄」らしいと誇った4人の賢人の他にも賢人と呼ばれる人々は存在したことを、そしてその各々が賢人たる偉業を成し遂げていたことを少年に再び言い伝えるべきなのではないかと。旅人として成長した今の「きみ」だったらその素晴らしさを理解できるのではないかと。彼が目先の「格好良さ」に囚われ、貶した4人の賢人の物語を、未だ歩き続ける少年の後ろからまるで少年の無力な足取りを悟るかのように「ぼく」は語り始めました。



『死に逝く彼らをそらへと運ぶ「ふたりだけのArk」』の結末を。
『自らの破滅をも恐れず互いの命を賭した「Executionerの恋」』の結末を。
『「終わりの世界から」始まる失った笑顔を取り戻す旅』の結末を。
『夢を砕く惑星に対し夢を抱き続けた彼らの理想郷「Flower Garden」』の結末を。



ある人は希望の船を見つけてそらへと
ある人は死刑する人と助け合ったと
ある人は忘れた笑顔を取り戻したと
ある人はほんとの花を咲かせてみたと



与太話をその最期まで信じた「ぼく」は愛するたった二人だけが信じ抜いたArkを長い長い旅路の末見つけることができました。そしてその箱舟は死に逝った「きみ」と共にその身を運びそらへと。死刑執行人の一人はかつて優しい彼女を愛し、そして互いの命を賭してまでその逃走劇を謀りました。一度目は金を盗み彼女は一人孤独を求めました。しかしながら二度目のそれは優しい結末を迎えたようです。その助け合う恋路の先に。時間を遡るその禁忌を犯した少女は一面灰色の世界から再び恋した少年の笑顔を求め「終わりの世界から」のタイムリープを始めました。そしてその果てしない旅路の先に忘れてしまったはずの「笑いあう」贅沢な感情を彼女は再び取り戻すことができたようです。地下深くシェルターで生き抜く娼婦と少年はそれぞれが絶望に満ちたこの惑星で「夢」を抱き続けました。その「夢」こそが彼らの生きる糧だったのですから。悪い塵に犯され眠り続ける娼婦の前で祈る少年はある日、かつて少女が夢見た本物の「Flower Garden」を作り上げることができました。愛する二人は互いが求めたその理想郷で描いた「夢」を成就させることができたようです。

彼らがそれらの行為の果てに得たものを、「英雄」を夢見た少年は貶しました。幼い彼にはきっと理解できなかったのです。与太話の箱舟を探し求めるその意味を、自らの命を賭してまで一人の少女を助けるその意味を、禁忌を犯し果てしない旅路の先に得た少年の笑顔のその価値を、娼婦とその愛する少年が求めた花畑のその価値を。もしかしたら先に挙げた4人の賢人についてもその「英雄」らしい能力だけに目をつけ、彼らが成したその行為に意味を求めていなかったのかもしれません。火吹き山の魔法使いが魔法を極めるその理由。ガラス越しの研究者が最期を青年との他愛ないお喋りで終えたその理由。真実を視る青年が両足の腱を失った少女の手助けをした理由。無敵の騎士がその命を賭してまで悪党の少女に生きる道を示した理由。賢人達の物語を理解するには、少年は幼すぎました。しかし旅人として成長した彼は「ぼく」に説かれた一説を理解する境地へと至りました。そして彼は自分の無力さを悟りました。「英雄」の意味を知りました。彼のかつて弱々しかったその背中は既に紛れもなく「英雄」らしいそれでした。何千万キロもの旅路の果てに彼は彼なりの「Heroの条件」を導き出します。「ぼく」に説かれた8人の賢人の物語をその身に集わせて。



少し遅くなったきみは無力なことを悟った


賢人と呼ばれる人を集めよう



説かれた11のLoveSongと彼が知るに至った「Heroの条件」

では彼が長い旅路の先、知るに至ったその「Heroの条件」とは一体どんなものなのか。幼き彼が抱いた英雄像を形作った4人の賢人の物語、そして若き旅人として成長した「きみ」へ「ぼく」が説いた4人の賢人の物語を、これまで長くに渡って綴った各々の考察から読み取れる大きなテーマと合わせ「きみ」がかつてやったように解き導き出してみようと思います。

その前にまず…この「Heroの条件」に挙げられた賢人の物語は8つでした。しかしながらこれまでに語られた曲は全部で11曲なわけです。「凍る夢」「とある海賊王の気まぐれ」「雪の降らない星」については賢人の物語として「きみ」にも「ぼく」にも触れられていないんですね。この理由は個々の記事でも紹介しています。まず「凍る夢」について、彼ら人類は地下シェルターでの生活を超え仮想現実を作り出しそこに永遠の「夢」を見るという形で生き続けることを考えました。この「夢」は個々人の主観でしか見ることは決して出来ず他人が個々の「夢」に干渉することは出来ないわけです。ですから楽曲「凍る夢」に描かれた記憶少女の振りをした少女とそのドッペルゲンガーを巡る物語は当事者である彼女の主観でのみ知り得るものだったわけで、旅を続ける「きみ」と「ぼく」がその仮想現実を形作る巨大シェルターへと辿り着いても彼女を「賢人」として語り継ぐことは出来ないわけです。次に「とある海賊王の気まぐれ」ですが、もしも「きみ」と「ぼく」が旅路の途中で知り得た武勇伝であったなら「海賊王」という勲章に惹かれた「きみ」が語っても、たった二人だけで朝日へと向かう彼らの恋路を理解できない幼い少年に代わって、大人びた旅人としての「きみ」へ「ぼく」が語り継いでいてもおかしくありません。しかしそのどちらにも触れられていないなら「きみ」も「ぼく」も「とある海賊王」に出会ってはいないのかもしれません。歌詞の語呂や「ぼく」の語る賢者4人、「きみ」の語る賢者4人の並列関係を崩してしまうから描いていないだけ、とも考えられるんですがやはり記さなかったことに「きみ」と「ぼく」で語る賢人の物語に趣向が見られたのと同様に自分は意味を見出したいと思いました。「きみ」も「ぼく」も誰も海賊王に会っていないのだから語ることができません。しかしながら「終わりの惑星のLoveSong」における主題を伝えるうえで欠くことのできない、この楽曲にだけ描かれたテーマを持ち得ているからこそ収録しているわけです。言ってみれば作詞を手掛けた麻枝さんがこの「終わりの惑星」の上位世界に位置する人物だということです。誰も知り得ない「海賊王の気まぐれ」を手掛けた麻枝さんは当然知っているわけで、それを自らが持つテーマを伝える材料として我々に提供しているに過ぎません。最後に「雪の降らない星」についてですが、これは前述の通り惑星が終わる直前を描いた物語である故に誰も語ることができないんです。終わってしまった惑星に「きみ」も「ぼく」も足を運ぶことは決して出来ません。しかしながらアルバムに収録され我々が知り得ているのは「凍る夢」「とある海賊王の気まぐれ」の場合と同様です。今回この項で「終わりの惑星のLoveSong」における主題の一つ、言い換えるなら「英雄の条件」を考えていきますが、「きみ」からも「ぼく」からも語られなかったこれらの賢人の物語も考慮し考えていきたいと思います。



次目覚めると、ヘッドセットマイクを付けた女性があたしを見下ろしこう告げた
バグが発生しました、と。


なあこれからはひとりでやってこうと思うんだが
 この様だ…連れが必要だ
 ちょうどいい おまえがついてきてくれないか」


本当の最後なのにふたりはずっと笑ってた
部屋に入れた雪だるまは溶けきっていた



自分はこれまでずっと個々の楽曲を考えていく上で「夢」という言葉を重要視していました。「凍る夢」における少女が眠りの中で見た「夢」と将来を自らが持つ理想へと近づける道標となる「夢」の二つがありましたね。特に後者がこの「終わりの惑星のLoveSong」で大きな核となる主題の一つでした。


「終わりの世界から」における少女は過ちの彼方で再び恋した少年と笑いあう幸せを掴み取る「夢」を持ちました。


「ふたりだけのArk」における少年と少女は与太話に出てきた宇宙へと飛ぶ箱舟を見つける「夢」を持ちました。


「Killer Song」における難攻不落の王と騎士は互いを支え合う共に生き続ける「夢」を持ちました。


「Flower Garden」における娼婦は一面の花畑を、少年は愛する少女が描いたその花畑を共に歩む「夢」を持ちました。


「無敵のSoldier」における騎士は娘として、一人の弟子として愛したかつて悪党だった少女をこの惑星で守り抜く「夢」を、そしてその少女は彼の持つその「夢」を自ら生きる道を選び取ることで成就させました。


「凍る夢」における少女は小さな嘘からドッペルゲンガーを生み出し、その孤独の果てに真っ直ぐ少年に恋をする「夢」を持ちました。


「Executionerの恋」における少年と少女は自らの命を賭してまでも互いが生き続ける「夢」を持ちました。


「とある海賊王の気まぐれ」における少女と海賊王は自らの海賊としての生き方を同胞のそれと見つめ直しそして考え、信じた道を永遠のように突き進む「夢」を持ちました。


「雪の降らない星」における少年は終わりゆく惑星の中の「本当の最後」に愛する彼女と永遠に笑いあう「夢」を持ちました。


「火吹き山の魔法使い」における少年はかつて愛する少女を守り抜く力を、そしてその少女は魔法使いとなり彼が真に求めた彼女の生を成就させました。


「Last Smile」における青年と少女は互いがその最期まで無邪気に笑いあう「夢」を持ちました。


そして「Heroの条件」における少年は世界を救う英雄になる「夢」を持ちました。



これまで語られた11曲のLoveSongは確かに描かれた人物も、世界も、恋路の結末も違ったのかもしれません。しかしながらこれらのLoveSongにはこの抱く「夢」が愛する者と共にするLoveSongという形で共通点を見出すことができました。その共通点を元に自分はこの11曲を4つに分類します。


彼女達はその「夢」を叶えるために世界の禁忌を犯しました。恋した少年が「理想」とした年上の女性として彼の前に現れるためにタイムリープをし、その事を少年に語ってしまいました。仮想現実の中で彼女は「誰にでもある間違え」によって在りはしない4月31日を生き同時に一目惚れした彼に嘘をつき、バグとなり得るドッペルゲンガーを生み出しました。



追いつけない だから能力使う 過去へとリープ
そこでまたきみと出会い また恋をするんだ


4月14日
ホームルームの後、そういや、と彼に振り返られる
名前なんだっけ?何中?  
あたしは名前だけ答えて、
何中かは思い出せない、と答えた
もちろん彼は不思議そうな顔をした
それ以前の記憶がないから、と付け足した
明らかに彼の見る目が変わった
作戦、大成功



そして彼女たちはその罪の重さを身を持って知り、「在りのまま」を愛してくれる少年の元へ再び一面灰色の世界からタイムリープを行う果てしない旅路の機会を、凍った夢から目覚め再び温かな夢見る機会を得ることができました。そして彼女達の「やり直し」は忘れた笑顔を取り戻し、温かな夢を最期まで見続けることができた優しい結末を迎えることができました。



手に持ってたのは一枚の古びた写真
こんな色をしてた時代もあったんだ
そこで無邪気に笑ってる
きみに会いにここから旅(リープ)を始めた


4月11日
入学式
いきなり恋をした
決して格好いいひとではないけれど、なんかあたしのツボ



彼らは互いが「夢」を持ち得ました。しかしながら成就するのは愛するその片割れが望む「夢」その一方だけ。死に逝く片割れが祈ったその「夢」は愛するその人が生き抜くことだけでした。在りもしない箱舟を探すその旅路の本当の目的は頼りない「きみ」が「ぼく」に描くな惑星で生き抜く強さを教えることでした。なにかもが狂ったこの世界で生きる糧としたその「夢」はどちらも一面の花畑でした。かつて無敵の騎士と謳われた彼は愛した悪党の少女を娘として、弟子として逞しく育て上げる「夢」を持ちました。魔法の石を見つけ出すその旅路の目的は少年が愛する少女を守り抜く力を得ることでした。



本当はぼくのほうがたくさんのことを学んだ旅だったかもしれない
夢を抱く無垢な心 わずかな希望でも信じる思い 折れない強さ


いつかきみは話した 本物の花を見てみたいと珍しく
でもどこの地上にだってそんなものはない 夢のようなもの


その日からあたしは弟子入りをしてついて流離った
すべての技を盗んでまたひとりからやり直そうという計画だった


どうして魔法なんて 使いたいのかと訊くと
きみはそっぽを向いて 「この手である人を守りたい」



「きみ」が願った「ぼく」の生は「ぼく」の世界の果てまで箱舟を探し出す旅路の決意によって成就しました。娼婦が願った一面の花畑は愛する少年の「夢」として生きる糧となり続け、その最後に互いが願った「ほんとの花」で成就させました。無敵の騎士が願った悪党の少女の生は彼女の謳われた「無敵」の称号と生き抜く正義の選択によって成就しました。無力な少年が願った少女の生は彼女が火吹き山の魔法使いとして少年がかつて欲した力を得たことで成就しました。片割れが願ったその「夢」はすべて愛するもう一人の片割れのために願われたものでした。愛する人がこの残酷な惑星で生き抜くこと、唯それだけを願ったのです。



旅は続けるよ 世界の果てまで
きみの信じた船を見つけてみせるよ
ひとりでも


ある人はほんとの花を咲かせてみたと

ある時は無敵とされる女戦士に

いつか必ずきみを救い出す もっと魔法を極めて



互いを愛した少年と少女は恋に盲目でありました。それは互いの命を賭せるほどに。そして過酷な世界で互いを守り抜き、生き抜き、共に生涯を終えることを「夢」としました。出身を孤児院と同じくする真実を視る青年と同胞の少女は人を切り裂くその強さを得て難攻不落の王と両足の腱を失った騎士へ。死刑執行人と見せしめの少女は二度の逃亡の末に互いの手を取る優しさを得ることができました。



時は流れひとつの伝説がまことしやかに囁かれた
難攻不落の城があるが不可解
その城の主は眼が見えず騎士はまともに歩けさえしないと
そんな奇跡を起こす恋もある


ある人は死刑する人と助け合ったと



惑星の終わりは残酷にも刻一刻と近づいてきました。彼らは惑星の終わりを止める術を知りません。その経過を止めることを諦めました。しかしながら彼らは生きることまでもあきらめたわけではありません。とある海賊王とその食事係は、永遠を信じた少年と少女は、ガラス越しに触れ合う研究者と愛する少年はせめてと、愛する人との最期をその胸に「夢」として抱きました。



ふたりを乗せた小さめの船がゆっくり沖へと進んでく
朝の光へと


よりそいあい 傷つけあい
悲しみをもう知らずに生きていける気がした
永遠なんてありはしない それでもあると思えた


触れあうことなくても確かに触れあってたよ
笑って過ごしたきみのさいごまで



お分かりいただけたでしょうか。「終わりの世界から」「凍る夢」で一つ、「ふたりだけのArk」「Flower Garden」「無敵のSoldier」「火吹き山の魔法使い」で一つ、「Killer Song」「Executionerの恋」で一つ、「とある海賊王の気まぐれ」「雪の降らない星」「Last Smile」で一つです。彼らはかつて各々が思い描く「夢」を抱きました。しかしながらそのすべてが成就したわけではありません。この過酷な終わりゆく惑星の中でそれらすべてはささやかながらに本当に大きな夢でありました。ですが同時に、叶わないままで終わってしまったものは何一つありませんでした。一度は叶わなかった「夢」を再び求めそして果てしない旅路の末に成就させました。死に逝くことで叶わぬ「夢」を愛する者自身の生が「夢」となり継承しそして成就させました。愛し合う互いの生を「夢」とし互いを守り抜くことでその「夢」をも同時に守り抜き成就させました。最期を迎えるその瞬間までも共にいることを強く願い同時に「夢」として成就させました。 「夢」は眠り見るものではなく、自ら叶えるものであると、そしてそれは願う者が生を全うする限り無限の可能性を持ち得ることをこの「終わりの惑星のLoveSong」の大きな主題の一つとしているのではないかと自分は考察しました。そしてその「夢」…つまり「Heroの条件」における「きみ」が抱いた英雄という「夢」について自らの無力さを悟った少年はこの主題についての理解の深さを「ぼく」に説かれた賢人の物語によって痛感したのではないでしょうか。そして自分なりの「英雄像」を導き出すことができました。これもまた麻枝さんが伝えたいと願った主題の一つ、その願う「夢」の大きさについて。



少し遅くなったきみは無力なことを悟った
英雄なんてもういい
せめて笑顔を送ろうと決めた



「きみ」はかつて世界を救うことを夢見ました。しかしながら自分の無力さを知ったことで笑顔を送ることを夢見ました。彼を再び浅はかだと嘲りましょうか、かつて少年の彼が4人の賢人をそうした様に貶しましょうか、私達には決してそんなことは出来るはずもありません。「夢」の大きさに優劣など在りはしないのですから。語られた賢人が賢人たる理由はこの破滅を迎えようとしている惑星でなお生きることを願ったからではないでしょうか。死を約束された地でなお生きることを願う、この「夢」を抱いたことこそが偉業として残されるべき、そして今を生きる人類に示すべき唯一つの道であったのではないかと自分は考えました。彼らは決して自ら命を絶つその行為に至ることはありませんでした。生きることが過酷であることは確かでありましょう。終わりゆく惑星の彼らはその身に血飛沫を幾度となく浴びてきたのかもしれません。しかしながら生きていなくては希望を持つことは出来ません。「夢」見ることは出来ません。そして「夢」見たその先に…彼はいつだって必ず優しい結末を描いてきていたではありませんか。



ある人は希望の船を見つけてそらへと
ある人は死刑する人と助け合ったと
ある人は忘れた笑顔を取り戻したと
ある人はほんとの花を咲かせてみたと



「きみ」は自分ができる精一杯を施しました。ある日は道化師の格好をしてかつて失われた笑顔を取り戻そうと。持ち合わせていた「英雄」らしいとする安っぽいプライドは彼にはもうありませんでした。ある日は紙芝居を作って聞かせて今を生きる人々に賢人の生き抜く強さを示そうと。何千万キロにも及ぶ長い長い旅路で得た賢人の武勇伝はこんな大きな意味を果たすことに繋がりました。



ある日は道化師の格好をして踊った
ある日は紙芝居を作って聞かせた



しかしこんなことをしても笑ってくれるのは子供達だけでした。大人達は道化師の格好をした「きみ」を「能天気」と呼び嘲るのでしょうか、貶すのでしょうか。



でも笑ってくれるのは子供たちばかりで



それでいいではありませんか。「きみ」がかつて年端もゆかなかった少年だった時決意した「英雄」になろうとした長い長い旅路の果てに、自分が思い描くヒーローの条件を惑星が終わるその前に見つけることができたのですから。



でもきみは子供たちの立派なヒーロー


きみは世界を救う英雄になると決めた
まだ年端もゆかぬ少年なのにどうやって



そしてこれまでの曲が11の賢人達の物語を謳ったLoveSongであったのと同様に、彼も賢人として言い伝えられるべき英雄としてその名を遺しました。そのヒーローを目指した青年の物語は「きみ」を愛する「ぼく」に説かれた一節に。



ぼくは好きだよ



表題「Heroの条件」を最後に考える

以上で「Heroの条件」の考察は終了です。非常に長文ではありましたがここまでお付き合いくださいましてありがとうございます。思い返せばこの「終わりの惑星のLoveSong」考察も「Heroの条件」について記事を書きたくて始めたようなものでした。ここまで長い月日かかってしまいましたが、今書き終えることができて本当に良かったです。これまでのLoveSongとのクロスオーバーそして後日談とその結末を描いたうえで新たな主題を提示してきたこのアルバムの中心核です。何度も触れていますが自分が読み取った主題は「夢」でした。笑顔を送ることを決めたヒーローの物語はその笑顔を子供たちからしか取り戻すことは出来ませんでしたが、そもそも「夢」を見るのはどんな人なのでしょう。そうなんですね社会に出るまでに「夢」を見るのは紛れもなく子供達なんです。ですからこのアルバムを「キッズ向け」と麻枝さんは仰っていたわけですね。これは年齢的な意味を持つわけではなく、この世界で言えば「生き続けること」を諦めなかった人が「子供」として描かれているのではないかと思います。「生き続けたいと願うこと」=「夢」が成り立つのはこの舞台である惑星に生きる生命は終わり(死)と隣り合わせであるからと言えるのでしょう。そしてそれは我々が生きるこの現代では「夢」を軸とした例え話として挙げられるわけですね。しかしながらこの舞台となる惑星の終わりが本当に例えのまま終わるかといえば…そうではありませんね。いずれ地球に生きとし生ける生命は終わりを迎え「終わりの世界から」の死との葛藤を迎えることになるのかもしれません。今回は11人の賢人達すべての「夢」を語りそして得たその在り方を踏襲したこと、そしてそれはすべて「きみ」がヒーローになるための知恵となり得たことを信じ『11の賢人達のLoveSong考察の末に導き出した「Heroの条件」』としました。最終回は「この惑星のBirthday Song」です。次回はこの「Heroの条件」とは別の形、別の主題が語られてます。ご意見・ご感想はお気軽にどうぞ。あともう少しだけお付き合いください。
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【2013/03/05 06:05】 | 終わりの惑星のLoveSong
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ひら
こんなに考察できるなんて凄いです!
尊敬しちゃいます( ´∀`)
これからも楽しみにしてます!

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「終わりの惑星のLoveSong」考察
No.11「Last Smile」



「終わりの惑星のLoveSong」であることを念頭に入れる

それではNo.10「火吹き山の魔法使い」に引き続きNo.11「Last Smile」について考えていきます。個々の曲に強い完結性があることはこれまで何度も申し上げておりますが、やはり「終わりの惑星のLoveSong」の大きな枠組みの一つであることを念頭に入れておくことは大切です。歌詞に違和感を覚える事が多々ありますがそれはこの「終わりの惑星」における独特の世界観故でしょう。それらについてまずは考えていきましょう。歌詞を挙げて説明します。



昔は熱意のある研究者で
子供たちのため世界を治そうとした



まずは根幹となるこの歌詞です。登場する少女は昔熱意ある研究者でした。そして世界の子供たちのために「世界」を治そうとするんです。この歌詞に違和感を感じはしなかったでしょうか。「世界」を治すというのはどういうことなのでしょう。そして少し遡ったところでもう一つ確認します。



間には透明な壁
悪い菌に満ちてる
誰とも触れあうことできない



少女は「世界」を治すための研究を熱心に行った結果、自らの研究の途中で「悪い菌」に犯され誰とも触れあうことができなくなった、と考えるのが妥当ではないでしょうか。では彼女が命を削ってまでしたその研究内容は何だったのか。それは恐らくこの物語の舞台である「終わりの惑星」なのではないでしょうか。つまり「終わりの惑星」は人々の研究対象となり人々の周知の惑星であったことが分かります。そして同時に「人間が住むことの出来ない腐敗した惑星」こそが「終わりの惑星」であることが分かります。自分はこの「Last Smile」を聴いてRewrite作品における此花ルチアを連想しました。彼女は自らが「地球の終わり」を迎えた後の終末世代と成る偉大な役割を得たのと同時に現代において人間として生きる資格を失いました。その「腐敗した地球」こそが「終わりの惑星」ではないかと考えます。

しかしながら恐らくこの「悪い菌」が地球を腐敗へと導いた直接的な原因ではないと思います。地球はこれからも永遠に今の状態保っていられるわけでは決してありません。遠くない未来に人類、広く言えば地球上に生息する全生物に絶滅という「終わり」がやってくるのでしょう。 「悪い菌」はその「終わり」の一過程に過ぎません。悪役と呼ばれる人類の誰かがまき散らしたウィルスでも、世界の破滅へと導く悪魔が作り出したものでもないのでしょう。何故ならこの物語において「絶対悪」は存在しないからです。 「Killer Song」における真実を視る青年を脅した徒党、「Flower Garden」における娼婦の少女を犯した野蛮な男達、「無敵のSoldier」における無敵の少女が生業とした悪党、「Executionerの恋」における見せしめとなった少女、「とある海賊王の気まぐれ」における海賊団とその一味、私達はこれまで所謂世界における「悪」の存在を「終わりの惑星」において様々な楽曲をタイムリープすることで垣間見ることができました。そして同時に、その誰しもが一体何故そのような「悪」へと向かったのか考えたことはあるでしょうか。この地球が「終わり」へと向かったのは何故なのか。それはほかの誰でもなく人間の数々の愚行の連鎖が呼んだものではないのでしょうか。人間がこの地球に生命として誕生していなければ、地球は本当に最初の美しい姿を維持することができた一つの惑星という生体だったのです。その美しさを、紛れもない人類が醜い姿へと変えてしまいました。そして他の楽曲における「悪」は惑星が終わりへと向かわなければ存在しなかったものばかりでしょう。どの時代においても「終わりの世界から」における桜散る現代のような平穏があったのでしょう。その未来を人類は自らの手で壊してしまいました。先進した機械や発達した科学でもって、自らの利便性の高い生活と引き換えに。つまり、惑星が終わりへと向かったのも、世界が荒廃し「悪」と呼ばれる存在が徒党を組み自らを苦しめたのもすべて、人類の自業自得というわけです。ですからこの世に身勝手な「絶対悪」は存在しないと言い切れるんです。被害者も加害者も、美しい地球を破壊した人類そのものなのですから。


無力な「僕」が感じる厚い「透明な壁」と薄い「ガラス」

物語は「僕」の視点で始まり、そして終わります。青年は「悪い菌」に犯されて誰とも触れる事の出来ない少女に対して必死な慰めを投げかけます。今まで子供たちを想って生涯を投じた研究が叶わない少女に対して。この時の青年は少女に言葉を掛けることに一種の怯えを感じていると自分は感じました。夢を失った少女が自分の何気ない同情で苦しめてしまうのではないか、気休めだけの理解を含めない慰めに憤慨させてしまうのではないか、そして嫌われてしまうのではないかと。歌詞の冒頭を確認しましょう。



きみを見てた
じっと見てた
そのきみに触れたい



この一言が青年の少女に対する前述の怯えを象徴しています。言葉を掛けてあげられない青年はじっと見つめているだけ。ただひたすらに。見つめるだけの彼は少女に投げかける言葉すら見つけることはできませんでした。青年に少女が研究の夢を失った悲しみをすべて理解することは絶対にできないでしょう。青年は少女と共に研究していたわけではなく、少女の研究内容を「何もわからない」し聞いても「何もしてやれない」んですから。



でも僕の頭は痛くなるばかりで
何もわからない
何もしてやれない



青年は少女の隣にいるようで、ずっと遠くにいるんです。普通の青年と世界を背負う偉大な研究者では社会で釣り合った関係とは言えません。例えそうでなくとも、少なくともこの少年はそう思ったのでしょう。だからこそ「透明の壁」と表現されているんです。この青年と少女とを隔てる壁は二つ存在します。「透明な壁」と「ガラス」です。この二つは我々が見ても透明なガラスにしか見えないでしょう。しかし青年の目には確かにこの二つはまったく違うものに見えるんです。序盤に登場するこの「透明な壁」は少女に言葉を掛ける事に怯えを感じ、好きだった少女の研究内容ですらまともに理解してあげられない無力な自分に慨嘆し、ガラス越しに隣に座り世界中で一番彼女の近くにいるはずの自分が実は少女からずっとずっと遠い存在だったことを実感し、寂しく思いそして悲しんでいる、そんな彼のこの気持ちを表現していると私は考えました。



間には透明な壁



でも、少女だってそんな彼の必死な慰めが伝わっていないわけではありませんでした。彼らは互いを愛していたんですから。だからこそ少女は彼に言葉を投げかけるんです。ガラス越しに「ありがとう」と。精一杯の慰めに対する精一杯の「ありがとう」を君に。



もう自分にできることはないとよくきみは泣く

でもありがとうときみは
言ってくれたんだ笑顔で
もう難しい話はなしで話そう



少女はずっと泣いていました。自らが生涯を投じた研究を断念しなくてはならないことを悔やんで。何より世界を治し子供たちを救うんだと決意した自分の信念をねじ曲げられてしまったことを悲しんで。きっとそんな少女に失望した様々な人が彼女の元を去って行ってしまったのでしょう。それでも、青年だけは少女の元へと残ってくれました。無力な自分を自覚しながらもたくさんの慰めをくれました。だからこそ、すべてを失ってしまったからこそ、たった一つの宝物だった青年を大切にしたいんだと心から想うんです。彼らの本当のLoveSongは、この「ありがとう」の一言から始まりました。



それからのふたりは
ひたすら他愛ない話をし続けた
ガラス越しに



それからの彼らは本当に他愛のない関係を築き始めます。少女は偉大な研究者という役柄を捨て一人の普通の少女として、普通の青年と他愛ない恋を始めました。このとき青年と少女の間にあった大きな壁は消えました。あるのはたった一枚のガラスだけ。でも、これまでを一緒に生きてきた彼らにこれまで感じていた「透明な壁」に比べれば薄いガラスなどあってないようなものなのでしょう。遠くにいる彼女をじっと見つめているだけでなく、彼女の隣に立って共に歩き出せるようになったんですから。この触れあえた瞬間こそが彼らの他愛ない恋の始まりだったんです。そしてそれはほんのわずかな遺された彼女の寿命と共に終わってしまいます。それでもきっと最後の瞬間は笑顔で青年の元に。青年だって、ぐしゃぐしゃでありがらも綺麗な笑顔でさよならを告げたのではないかと感じます。そしてこんな他愛ない恋を取り柄のない自分くれて「ありがとう」と。



触れあうことなくても確かに触れあってたよ
笑って過ごしたきみのさいごまで



かの偉人を連想させる彼女の死と青年のその後

彼女の自らの研究対象によって死んでしまうことは、とある偉人の生涯をどことなく連想させます。それは野口英世さんです。子供たちのために投じている点も合致しています。もちろん彼女が研究していたのは恐らく「終わりの惑星」についてであって黄熱病ではありませんが、もしこの野英世氏の人生の踏襲であったとしたなら、彼女の死後、青年はどうしたのでしょう。
英世氏の死後妻のメリーは彼が遺した年金でひっそり暮らして死にました。そして英世の故郷の人たちの依頼に応じて遺品をすべて記念館へと寄贈し、英世の遺志を継いで、研究成果を伝え続け、ウッドローン墓地で英世と共に今も眠っています。
青年は少女の研究を聞いても「何もわからない」ままで「何もしてやれない」と嘆いてはいますが、「代わりに何かできないか」と少女の研究を最後まで知ろうとしました。何なのかもわからない複雑な分子構図を頭に描きながら。



暇見つけ研究内容聞いてみた
代わりに何かできないかと思って



そしてその研究を知ろうと努力する姿勢が、恋する相手のことをもっと知ろうと、趣味や理想に合わせようとするどこかの世界の少女の姿を連想させますね。研究内容を知ろうとした青年のその姿も同様に一途に少女に恋をする普通の男の子に見えました。きっと少女も、そんな青年の姿に恋をしていたんだと思います。



小さな時からなんでも知っていて
きみの趣味 その理想に合わせようとした



少女はよく泣いていた、ときっと青年も少女のことを誰かに聞かれたらこう答えるでしょう。…いやちょっと違いますね。「良く泣いてたけど、よく笑ってた。他愛ない話で」といったところでしょうか。「もう自分にできることはない」んだと少女は言います。確かに自ら研究を断念することになってしまい、為す術もなくなってしまったのかもしれません。でも青年には、それを後世にずっと伝えてあげる事が出来るんです。少女が子供たちのためにと胸にずっと抱いてきた信念を、成し遂げようと生涯を投じた研究の内容を、そして多大の失望の中懸命な笑顔で生き続けたことを。かの英世氏の妻メリーを踏襲し、きっと青年も少女のために何かを遺そうとしたでしょう。それが他愛ない恋をくれた少女の最期の笑顔に応える何にも代え難い恩返しなのですから。その青年の努力が実を結んだかどうかは私達には分かりません。私達だって少女に対する青年と同様、彼らの恋路に「何もしてやれない」んですから。しかしだとしたら…このLoveSongは彼らの恋が、一人の偉大な研究者を愛した無力な青年が、そして一人の死にゆく少女が最期に遺した笑顔がすべて繋がり、もしかしたら涙に暮れていたかもしれない子供たちの最期を笑顔へと変えることができた温かな物語なのかもしれません。それがかつて熱心な研究者だった少女の終わりゆく惑星で持ったただ一つの「夢」でした。



昔は熱意のある研究者で
子供たちのため
世界を治そうとした



表題「Last Smile」を最後に考える

以上で「Last Smile」の考察は終了です。私的にこの「Last Smile」「Heroの条件」そして「この惑星のBirthDaySong」が「終わりの惑星のLovesong」における主題を物語っている楽曲であると考えています。個々10曲に加え大きな軸はこれら3曲、特に「この惑星のLoveSong」はその主題を直接的に訴えかけているように感じます。仄めかしつつ後の主題提示への伏線がこの「Last Smile」の位置づけであると言えましょう。これまでのチューンポップとは違い狙ったような感動路線な歌詞とメロディーはその確かな涙を誘いました。そして考察記事の表題ですが、彼らの恋路には無力な青年が慰めかける勇気、研究者として始まりそしてその生涯を終えた少女の努力、そして相対する彼らが互いの慰めとその努力の証を理解しようとしたその賢明な姿勢が成したものであると言えましょう。ですからその意味を汲み取り『かけがえのない努力と懸命な理解の末に得た「Last Smile」』としました。次回は「Heroの条件」です。ご意見・ご感想はお気軽にどうぞ。

【2013/02/22 04:07】 | 終わりの惑星のLoveSong
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クラキ
初めまして、以前から読ませていただいてました。
ここ数ヶ月更新が途絶えていたので、何かあったのかな?なんて思ったりしましたが、考察を再開されたようで、よかったです。

個人的には、13曲の中でも、この曲と「ふたりだけのArk」が特に気に入っていたので、考察を読むことができて、嬉しいです。

残りの二曲も考察楽しみにしています。


せれーで
クラキさんへ

どうも初めまして!!半年ほどの間がありながらコメント頂けて、しかも以前から読んでくださっていたみたいで非常に嬉しいです。特に何かあったわけではなかったんですが、自然とモチベが風化してしまった感じだったんで。続きは?というコメント感想頂きまして再開した次第です!!

「ふたりだけのArk」気に入って頂けてすごく嬉しいです。描いた自分が言うのもなんですが「ふたりだけのArk」と「Flower Garden」は考察というより自分の感情をぶつけまくった感が否めなくて、逆にそれが気に入ってたりします。残り2曲も近々書き終えるつもりですので、もう少しだけお付き合いくださると幸いです。

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火吹き山の魔法使い


「終わりの惑星のLoveSong」考察
No.10「火吹き山の魔法使い」



ファンタジーテイスト溢れる物語の一説

どうもお久しぶりです。考察を終えるべく戻ってまいりました。それではNo.9「雪の降らない星」に引き続きNo.10「火吹き山の魔法使い」について考えていきたいと思います。この物語は非常にファンタジーテイストに溢れていますがその1から10がすべてファンタジーテイストというわけではありません。この「火吹き山の魔法使い」が住む世界は現実と非現実の狭間のように感じています。それは同様にファンタジー要素を含んだ「終わりの世界から」「Killer Song」でも同じことが言えますね。あくまで日常に隠れた非日常を描いているに過ぎません。



追いつけないだから能力使う過去へとリープ

きみは眼が見えない代わり真実だけが視える



惑星が終わりを迎えるその時、人類が進む廃退と衰退、そして先進する科学の一途を辿った「ふたりだけのArk」「Flower Garden」「凍る夢」をあくまで「終わりの惑星」の中での現実とするなら「終わりの世界から」における少女のタイムリープ能力や「Killer Song」における盲目の王の真実を視る目、そして今回の「火吹き山の魔法使い」における魔法の石は非現実。それらは私たちが気付かない中で交わり合い、そして溶け込んでいることを示唆しています。すべてが推理小説のように型にはまった解があるわけではありません。つじつまの合う説明ができるわけではありません。それは我々が個々に持つ心に対する説明と同様なことが言えるのではないでしょうか。現実的「終わりの惑星」らしい物語と同様にファンタジーな物語を交錯させることで彼の意図が如実に浮き彫りになります。物語の少年は、そんな無限の可能性を信じて大好きな少女と共に魔法の石を探す旅に出かけることを提案します。



ある日きみは会うなり こう言うんだ
手に持ってるだけで 魔法を使うことができる 石があるらしい
「是非探すのを手伝ってくれ」と



彼が「夢」として描いた魔法使いになる一歩として、膨大に得た書物の知識にその一つが記されていました。魔法の石は存在する。それは持っているだけで魔法が使えるようになる。場所は活火山の深く。そこで眠れる竜が守っているのだと。彼らはそんなお伽噺に描かれたような「夢」を追い求めその一歩を踏み出しました。


現実と非現実の狭間と彼らの旅路の理想と現実

この「火吹き山の魔法使い」における物語が現実と非現実の狭間を描いた物語だと前述しましたが、それは彼らの旅路にも表現があります。子供ながらに彼らは懸命に考え旅の支度を始めます。活火山へと登るのなら登山の準備が必要だと、竜が石を守るのなら立ち向かう装備が必要だと。可笑しな探検隊を気取った彼らは意気揚々と笑顔で楽しい旅の始まりを迎えました。しかしながらその旅路は想像を絶する厳しさを持ち得ました。山道は険しく、彼らが準備した荷物が多すぎたこと、そして自らがまだ幼い少年少女であったことを忘れ、気取ったその蛮勇をほんの少し悔み始めたのではないでしょうか。ここがまさしく「理想」と「現実」の狭間です。



登山する支度して 戦う準備もして
きみのヘルメット姿には 笑いが止まんない
なんて滑稽な冒険者一行だ


山道は険しすぎて そもそも荷物が多すぎる
でも本当に竜がいるなら これぐらいは必要



彼らは大人しく村で魔法使いになることを「夢」のまま終わらせることができたのなら、この過酷な旅をすぐにでも終えることはできたでしょう。しかしそれほどに少年の決意は弱いものではありませんでした。その意志の固さは実に「Flower Garden」における造花を作り続ける少年と眠り続ける娼婦が明日を生きる糧とした「夢」への希望そのものではないでしょうか。彼らは過酷なこの現実から決して目を背けることなく、立ち向かう勇気をその生きて輝く花々を見る「夢」から得ることができました。お伽噺を鵜呑みにする彼らを決して笑うことなどできません。この少年もまた、魔法の石という「夢」を追い求めることで「強さ」を得ようとしていたのですから。



いつかきみは話した
本物の花を見てみたいと珍しく
でもどこの地上にだって
そんなものはない 夢のようなもの



確かに存在する恋慕と使命感の食い違い

険しい山道を登り、疲れ果てた彼らは休息を取ります。そこで息を整える少年に付き添う少女はその純粋な疑問を少年にぶつけました。「どうして魔法なんて 使いたいのか」と。これまで古今東西からあらゆる怪しげな書物を集めそして読み耽り、少年は魔法使いになることを強く夢見ていたことを少女は知っていました。だからこそ疑問に思うのでしょう。そこまで魔法使いに固執する所以は何なのかと。すると少年はその小さな頬を紅く染めてこう答えます。「この手である人を守りたい」と。少年が魔法使いになりたいと願うその本質はある人をこの手で守る強さを得ることでした。非力な自分でも一人の大切な人を守る術と力が欲しいと、そう願ったのです。



どうして魔法なんて 使いたいのかと訊くと
きみはそっぽを向いて 「この手である人を守りたい」



その後彼らは活火山の火口へ。そこで見たのは書物で知り得た通り、竜でした。非現実が現実へと近づいた瞬間でした。逃げ切れないことを悟った少年は松明を掲げ自ら囮になることを選びます。そして言葉を交わせない距離になった少年は少女へと目でこう告げたのでしょう。「石を探せ」と。この合図が彼らの最期の会話。幼い彼らにとってこのふとした拍子に交わした目配せが最期になることは予想しえなかったでしょう。少なくともこの後幼いままの彼らが村へと帰り、そして石を得て笑いあう日々は失われてしまいました。何故なら少年は少女が石を見つけたときには既に、幼いその華奢な体は竜の鋭い牙に挟まれ、彼はその意識を失っていたのですから。



口にはきみが くわえられてた



少女は竜を焼き払った安堵も束の間、少年の安否に身が震えたことでしょう。しかし少女は実に懸命な判断を下しました。自ら石を手に一端の魔法使いとして再び願いを石へと込めます。そしてもう言葉を交わすことのできない少年を助け出す決意を胸の内へと秘めました。この時既に少女は魔法使いとしての道を選んでいたのでしょうか。



再び念じた きみよダイヤモンドになれ マグマにも溶けない
いつか必ずきみを救い出す もっと魔法を極めて



ここまでで思い出してほしいのがこの「火吹き山の魔法使い」も「終わりの惑星のLove Song」の一つであるということ。少年が魔法使いになりたいと強く願ったのは紛れもなくその大切な、旅路を共にした少女を守る力を得ることでした。そしてその力を欲する根底にある彼の感情は紛れもなく恋慕なのだと思いました。ではこの少女は一体なぜ少年を助けようとするのでしょう。私はこの曲を最後まで聴いたとき、少年が少女を女性として愛する気持ちは伝わりましたが、少女が少年を男性として愛する恋慕の感情を垣間見ることはできませんでした。彼ら二人が魔法使いとして生きていくその理由には食い違いがあります。少女は確かに少年に好意を抱いてはいますがそれが恋慕であるかと言われれば疑問符が残ります。この少女が少年を燃えないダイヤモンドから救い出すその理由の根底には少年が自ら身を挺して守ってくれたことによる使命感、義務感、そして罪悪感が大きく占めているのではないでしょうか。「私」を庇ったことで少年は竜の攻撃を一身に受けたのですから。


火吹き山の魔法使い出生の物語

麻枝さんはこの曲を紹介する際にこう言いました。「この曲は火吹き山の魔法使いが如何にして生まれたのかを記した」と。確かに歌詞に描かれた物語は少女が魔法使いとして生きていくそれまでの出生が描かれています。この事実は物語の今後を考えるうえで大きく示唆を残しました。まずこの事実は少女が、少年がかつて抱いた「夢」を引き継いだことになります。少年がなりたいと願った魔法使いに、この少女は今なっているわけです。少年はダイヤモンドの中で言葉を発することも感情をあらわにすることも出来ませんが、その結晶の中で一体何を思ったのでしょう。「夢」を託したその様は「無敵のSoldier」における無敵の称号をモノにした一人の騎士が幼い悪党の少女に旅路で剣術を教え鍛え、そして最期にその個々の「正義」を見せつける形で少女へ刃を向けたそれと非常に類似しているのではないでしょうか。その時私は、無敵の騎士を少女の「父親像」と捉え、かつて失った娘には見れなかった成長を垣間見れ喜びを噛み締めているのではないかと捉えたことを覚えているでしょうか。「夢」は一人一人が別々に持つものだけれども、それを他人に、愛する人に託す形で成就することだってできるんだと、私たちは既に「無敵のSoldier」で知っていたのではないでしょうか。ですからこの「火吹き山の魔法使い」における少年も無敵の騎士が幼い悪党に自らの正義をその身を挺して教えたのと同様に、自らが願った強さを、守りたいと願った愛する少女が自ら持つことで強く生き続けてもらうことを願ったのではないでしょうか。この時の想いをきっと魔法を極め少年が願った「魔法使い」として少女が強くなった時、彼女は知るのではないでしょうか。これが彼女の魔法使いとして生きていく始まりでもあり、同時に少年との恋路との始まりだったと私は考えました。かつての幼い少女では知り得なかったこの少年への愛おしいと想う気持ち。少年を危機にさらしたことに対する罪悪感が、私を守る強さを得る一心でこの旅を決意してくれたことを知り、やがてこの感情がマグマのように熱い恋へと発展するのは、そう不自然でもないではないでしょうか。


表題「火吹き山の魔法使い」を最後に考える

以上で「火吹き山の魔法使い」の考察は終了です。出生を描いた物語は同時に恋路の始まりをも描いた物語だったのではないかという私の見解ですがいかがでしょうか。久しぶりに書いてみましたが書き始めるとやはり楽しいものですね。考察のところどころに過去作であった曲の想いを重ね、私的なこの「終わりの惑星のLove Song」の舞台も背景もばらばらな曲達がアルバムとして一枚に収まっている所以とクロスオーバーをきっともう感じてくださっている方も多くいらっしゃるかと思います。しかしそれは「Heroの条件」ですべての曲について触れ終えたときに再び書くことにいたしましょう。表題はこの魔法使いの出生が同時に恋の出生であったことを裏付け『「火吹き山の魔法使い」が極めた末に至った恋路の始まり』としました。次回は「Last Smile」です。ご意見・ご感想はお気軽にどうぞ。

【2013/02/18 07:03】 | 終わりの惑星のLoveSong
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「終わりの惑星のLoveSong」考察
No.9「雪の降らない星」



彼らの秘められた「雪」への想い

No.8「とある海賊王の気まぐれ」に引き続きNo.9「雪の降らない星」について考えていきます。物語は非常に日常的そして歌詞は状況説明から少しだけ離れて情緒的。彼らの「永遠」を望むこの恋路には「雪」が非常に多く登場しています。この「雪」とは物語においてどのような意味を持ち得るのかをまず考えます。



白い雪と白い息とはしゃぐきみを見つめていた
出会った頃そんな風景に満ちあふれてた



まず冒頭で描かれたこんな風景を挙げてみます。「白い雪」「白い息」「はしゃぐきみ」はいずれも「雪」が存在する冬で連想されるですね。そして「出会った頃」はそんな風景に満ち溢れていた。つまり彼らにとって「雪」とは「出会いの象徴」だったんです。また一面白の風景を眺め「はしゃぐきみ」が思い出される彼らにとって「雪」というものが決して冷たいものではなかったことを伺わせます。彼らの恋路を繋いだものが「雪」であり、かけがえのない優しさに溢れた風景を連想させるものが「雪」なのでしょう。

彼らに知らされた「惑星の終わり」

個々様々な物語で描かれてきた「惑星の終わり」ですが、この「雪の降らない星」における彼らは「惑星の終わり」がやがて訪れることを知っていたのではないでしょうか。恐らく勧告が彼ら人類に出ていたのだと思います。しかし自分達が今まで長年住んでいた惑星が滅んでしまうことを聞いたところで…誰が信じるのでしょうか。もし我々がこの現代でそのような勧告が出たとしても、恐らく誰一人鵜呑みにはしないでしょう。それはこの「終わりの惑星」における彼にとっても同様でした。彼はこの惑星が終わりに近付いていることに気付くことなど出来ません。何故なら、優しい雪は幾度も冬に姿を見せていたのですから。



また雪がやってきて 僕らはふたりで居て

ほらまた一年過ぎ変わらないふたりだけ
こんなことがいつまでも続いていく
そんな気がしてた

三回めの冬は僕も少しだけはしゃごう



惑星が終わると勧告を受けているにもかかわらずその兆候が表れていないのです。「また」と冬がやって来て彼らに優しい雪が姿を見せていました。上記の「ほら」という彼の不意に出た一言には「惑星の終わり」という非現実のような過酷な現実が遠のく事への安堵や慢心、そして強がる姿が伺い知れます。しかし何度目かの冬でその雪が降り止んでしまうような描写が見られます。



また冬がやってくる 雪はもうまばらで
必死にふたり かき集めた



この時になって少年は悟ったのではないでしょうか。「惑星の終わり」は決して夢物語ではなかったのだと。彼らが愛した「雪」が今にもまばらで、やがて降り止んでしまうのですから。「凍る夢」における人類が過酷な現実にから逃避するため地下シェルターで仮想現実の「夢」へと逃げ込んだのと同様に、この少年は「惑星の終わり」を胸の底で「夢」だと思い込んでいました。「凍る夢」における彼らは永遠に「夢」に住み続けることができました。しかし「雪の降らない星」における彼らは雪の降らない「惑星の終わり」が近づく過酷な現実を目前にしてしまいました。手に負えず食い止めることのできない「惑星の終わり」を目の前にして無邪気な少年は自らの恋路を詞として綴った…そんな情景が自分には浮かびました。毎年やってくる冬を、温かな彼女との出会いの季節である冬の象徴を、少年は失ってしまいました。「雪」を見て、「雪」と共にはしゃぐ「君」を二度と見ることができなくなってしまいました。毎年来るはずだった「雪」が次の年には降らないのですから。白い雪の降らないそんな偽りの「冬」を目の前にして、彼はぽつりと呟きました。「こんなことがいつまでも続いていく そんな気がしてた」と。



こんなことがいつまでも続いていく
そんな気がしてた



雪だるまに込めた彼らの行方



本当の最後なのにふたりはずっと笑ってた
部屋に入れた雪だるまが溶け始めていた

本当の最後なのにふたりはずっと笑ってた
部屋に入れた雪だるまは溶けきっていた



歌詞の最初と最後に「雪だるま」の表記が見られます。この「雪だるま」にはどのような意味が込められているのかを考えてみます。自分はこの「雪だるま」が彼らの住む「惑星の行方」を少しだけ暗示しているのではないかと感じました。そして同時に「雪」を恋路の象徴とする「彼らの恋路の行方」をも暗示をしているのではないでしょうか。この「雪の降らない星」を「終わりの惑星のLoveSong」の物語における時系列で並べるなら「最後」なのではないかと考えています。この物語こそが「惑星の終わり」を迎える寸前の物語であったというわけです。歌詞における「本当の最後」とは「雪だるま」が象徴する通り「惑星の終わり」であり同時に「彼らの恋路の破滅」でもあるわけです。この「雪の降らない星」における少年は現実を悟った後、愛した「きみ」との最期を迎えるその時、この歌詞を描いたのでしょう。出会った頃の温かい思い出を胸に抱きながら。寄り添う彼女と共に。



本当の最後なのにふたりはずっと笑ってた
部屋に入れた雪だるまが溶け始めていた
白い雪と白い息とはしゃぐきみを見つめていた
出会った頃そんな風景に満ちあふれてた



ヒーローに語られない星の物語であること

この「雪の降らない星」における物語はNo.12「Heroの条件」における「ぼく」に語られることはありませんでした。それはあくまで「Heroの条件」において挙げられる物語は後日談を必要とする物語であるからでしょう。「ふたりだけのArk」における彼らが希望の船を見つけそらへと飛び立つことが出来た、「Executionerの恋」における彼らが命を賭してまで互いを支え合う覚悟を得ることが出来た、「終わりの世界から」における彼らが再び出会い笑い合う幸せを噛み締めることが出来た、「Flower Garden」における彼らが過酷な惑星において「夢」を抱き続けそれを成就させることが出来た…優しい結末を。



ある人は希望の船を見つけてそらへと
ある人は死刑する人と助け合ったと
ある人は忘れた笑顔を取り戻したと
ある人はほんとの花を咲かせてみたと



「雪の降らない星」における彼らも決して悲しい最期を迎えたわけではありませんでした。寄り添い合い、そして傷つけあった彼らはこれ以上の悲しみを知らずに生きていけるのだと、そう思ったのでしょう。「惑星終わり」という非現実のような現実を目前にしてもその兆候が表れないことに幾度かの安堵を憶え、有りはしない「永遠」を夢見ることを知りました。永遠に二人一緒に雪の降り積もる冬を越すことが出来るのだと。



よりそいあい 傷つけあい
悲しみをもう知らずに生きていける気がした
永遠なんてありはしない それでもあると思えた



しかしそんな脆い「夢」を「惑星の終わり」は打ち砕き、彼らから大切な恋の象徴であった「雪」をも奪おうとしました。過酷な現実を目前にした彼らは、本当に幸せだったと言えるのか…そう思うでしょうか。しかし彼らは「惑星の終わり」を目前にしていてもなお笑顔だったんです。「本当の最後」なのにふたりはずっと、それはまるで「永遠」のようにずっとずっと笑い合う最期を迎えたのではないでしょうか。



本当の最後なのにふたりはずっと笑ってた



本当の最期を目前にしてもなお笑顔でいられたのは、紛れもなく「彼らが最期のその瞬間まで一緒にいたから」こそです。死を目前に平然としていられる孤独など存在はしません。そして最期を迎えるからこそ、彼らは愛する互いを本当に愛おしく想います。「本当の最後」を目の前にしなければ感じることが出来なかった強い愛おしさ。それは彼女にわずかな嫌悪を抱くはずだった「すぐ泣く癖」と「わがまま」さえも愛おしさへとすべて変えてしまいます。



悲しみをもう知らずに生きていける気がした
すぐ泣く癖もわがままもかけがえなく感じていた
ほらまた一年過ぎ変わらないふたりだけ



前述の「ほら」と放った少年の一言は「惑星の終わり」という非現実のような過酷な現実が遠のく事への安堵や慢心、そして強がる姿が伺い知れましたが、後半における「ほら」にはその現実を一身に受け止めそれでもなお「雪」を失ったその現実でも自分達の恋はより一層強まったことを「惑星」へ「してやったり顔」をしている様に自分には思えました。もしかしたら彼らの強い熱を放つその愛が、部屋に入れた雪だるまを溶かしていたのかもしれません。彼らの恋路は「本当の最後」を迎えるその瞬間まで、きっと笑顔で満ち溢れていたに違いないのですから。



本当の最後なのにふたりはずっと笑ってた
部屋に入れた雪だるまは溶けきっていた



表題「雪の降らない星」を最後に考える

以上で「雪の降らない星」の考察は終了です。「終わりの惑星のLoveSong」における解釈が難解であったのは「終わりの世界から」「凍る夢」そして「雪の降らない星」でした。この三曲はオワホシ御三家とでも呼びましょうか…いまだ考えがまとまっていないと言えばまとまっていません。頂いたたくさんのコメントで思うことはたくさんありまして。それはいずれ完結した形で皆様に再び考察をお見せできる場があればなと考えております。さてこの「雪の降らない星」という表題についてですが「雪が降らない星なのに雪降ってんじゃん…」って思われた方も多くいらっしゃるようです。しかしこの物語はすべて少年によって「雪の降らない星」において描かれたものであるのですから至極当然ではないでしょうか。前述の考察でも書いたとおり、この歌詞は恐らく惑星が終わりを迎えるその直前に自らの恋路を少年が綴ったものであると考えています。ですから彼が描いたその時惑星にはもう「雪」は降っていないんですね。歌詞がすべて回想の形を取っていますから。それはすべての末尾が過去形で締められていることが裏付けています。
すべての曲を聴き終えた皆さんならお分かりかと思いますが、麻枝さんはこの「終わりの惑星のLoveSong」における個々の物語をすべてハッピーエンドで締めようとしています。(これは後の考察においての言及しますが)ですから一見悲しげに見える「雪の降らない星」における彼らの恋路をも幸せに溢れた物語であることを願い上記の考察を書いたつもりです。そしてこの記事の表題を『「雪の降らない星」の強い熱を放つその愛が得た優しい結末』としました。次回は「火吹き山の魔法使い」です。ご意見・ご感想はお気軽にどうぞ。


【2012/06/09 11:31】 | 終わりの惑星のLoveSong
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brycespeed
どうもbrycespeedです。
今回もお疲れ様でした。

さて、今回は書く事が相当あるのですが、
まずは雪のことについて書かせていただきますね。

雪とは麻枝さんにとって、ずばり「永遠の象徴」ではないでしょうか?

「手のひらには銀のかけら
思い出すのは 流れる髪
熱を奪い 肌に消える 
永遠だって気がした」-5 ED 「永遠」A,Bメロより

これは刹那こそが永遠と思える、他作品でもよくある例えですね。麻枝さんの中でもやはり雪はそういう存在なのかもしれません。もちろん、雪については「Last regrets」からも伺い知ることが出来るかと思います。

なので「雪の降らない星」=「永遠のない星」=「終わりの惑星」ということではないでしょうか?


そして次になのですが、この惑星が終わってしまった理由について書かせて頂こうかと思っていたのですが、せれーでさんと結論が相当異なりますので、

(特にこちらの部分
>この「雪の降らない星」を「終わりの惑星のLoveSong」の物語における時系列で並べるなら「最後」なのではないかと考えています。)

今一度、持論を見直した上でコメントさせて頂きますね。




承認待ちコメント
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初コメント失礼します。
考察、全て読ませていただきました。
自分では思いつかなったような考えがたくさんで感動しました!
続きはお書きにならないのでしょうか…?
お忙しいとは思いますが、ゆっくりで構いませんので、更新楽しみにしております。

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とある海賊王の気まぐれ


「終わりの惑星のLoveSong」考察
No.8「とある海賊王の気まぐれ」



忌わしい故郷に抱く少女の想い

No.7「Executionerの恋」に引き続きNo.8「とある海賊王の気まぐれ」について考えていきます。物語は「あたし」が家族を失った土地を一人離れ、小さな船を漕ぎ大海原へと旅立つところから始まります。まず焦点を当てたいのがこの「あたし」がかつて住んでいた故郷についてです。彼女の故郷について紐解く記述は次の3箇所です。



あたしは家族を失った土地を捨て
ひとり海へ

帰り血浴びた奴らが食料抱え戻ってきた
仲間になれたと思ってたのに 泣きながら
操舵室に駆け込み舵取り船を走らせた 岩壁に向け

義手の冷たい手のひらがあたしの頬を叩いていた
「生きるための犠牲だ」
でもそれは不公平だ 弱い者いじめだと言うと



まず彼女はこの故郷で親愛の家族を失っています。そして海賊団の一人として働き始め、ある日彼らが他の海賊船を襲撃し命を賭してまで食糧を奪って帰ってきます。すると彼女は彼らを仲間だと思うことを止め岸壁へと舵を向けました。彼らの行為は「不公平だ、弱い者いじめだ」と言い放って。これは少し少女の行動が過剰のような気が自分はしました。それを根拠にこれが「家族を失った」少女の伏線回収なのではないかと自分は考えました。惑星の終わりがもたらした「不公平」を少女は一身に受け、そして大切な家族を失いました。その咎は誰に責められるものでもありません。ですから彼女は「公平」を求めて大海原へと旅立ったわけです。海賊というものがどんな職業なのか、少女にだって知識はあったでしょう。しかし少女は海賊団への入隊を決意したのは何故なのか。「不公平」の象徴だったのではないのか。いいえ、少なくとも少女が出会ったその時の海賊にそれを感じる事はなかったのでしょう。何故なら、海賊たちはどこの人間とも知れない「あたし」を咄嗟な決意であったはずの入隊を許可したのですから。



嫌だ! あんな忌まわしい場所など二度と帰るもんか
ここで働かせてくれませんでしょうか!



彼ら海賊達には彼女の求める「公平さ」が確かに存在しました。ですから少女は思ったんです。この人たちは私の知っている海賊ではない…ただ海賊を名乗って恰好をつけているだけの、本当は優しい人。終わりを迎えるこの世界でただ仲間と団結を欲した集団であったのだと。だからこそ「公平さ」を持ち私の入隊を許可してくれたのだと彼らの愛情を少女は一身に受けました。忌わしい故郷で失ってしまった大切な家族に代わるその愛を。



海賊なんて名乗って格好だけつけてる優しい人
あたしもよく可愛がられた



狂った世界で手を取り合うことを知った彼ら

この物語が「終わりの惑星のLoveSong」として伝えた大きな枠組みは「手を取り合うこと」でした。これまでに描かれた7つの物語はすべて愛する互いの男女が手を取り合うことが大枠として描かれてきましたが、この「とある海賊王の気まぐれ」では「海賊」という大きな団体として手を取り合うことが大きく描かれています。その対比として最初少女が呪われた故郷から脱した際の一艘の船と海賊団の乗る船とが挙げられます。



一艘の船を勝手に借りて漕ぎだした
波が荒れ 死ぬかと思った

海賊船はどんな波にも負けない 揺るがない



少女はこの終わりを迎える惑星での生き方を知りました。一人では波が少し荒れただけでも死ぬような思いをしなくてはならなかったけれども、仲間たちとなら海賊団であるならどんな波が来ても揺るぎはしませんでした。この終わりの世界…いいえ終わりを迎える以前のその世界でだって、誰もが助けを求め、互いを支え合う「仲間」というものが存在していたはずです。そんな「当たり前」までもこの惑星の終わりは彼ら人類から奪い去っていきました。自らの生命だけを考え明日を生き、その次の日には生き絶えてしまうかもしれない過酷な現実が常にその目の前に立ちはだかります。しかし自らと同じ夢を打ち砕く惑星がもたらした「不公平」を打破すべくどこまでも「公平」を求める彼らとなら生きていけると、そう彼女は思ったのでしょう。


協力する彼らの中に生まれた別の生き方



でも奴らは船を見つけると
容赦なく襲い始めたんだ



物語はこのフレーズから一変します。少女が信じた「理想の彼ら」が打ち砕かれた瞬間でした。この海の世界における海賊というのは彼らだけのことではありません。今日を生きようと他の海賊を襲う明確な「敵」が存在しました。我々が生きるこの惑星と大きく異なり、綺麗事だけでは生きていけない世界になってしまったからこそこの惑星を「終わりの惑星」と呼ぶのでしょう。彼ら海賊たちは明日を生きるための食糧を強奪するため他人の船を襲撃します。明日を生きる自らの命を得るために、自らの命を賭して。その帰り血を浴びた「仲間」を見て、少女はひどく嘆きました。何故なら、彼ら海賊はどこまでも「公平」を求める「仲間」ではなかったのですから。



仲間になれたと思ってたのに 泣きながら



この一連の少女とその「仲間」である海賊を取り巻く流れは今の現代社会においても言える事です。自分達の傍にいる知り合いを全員「友達」と大きな枠組みで取り囲みますが、その種類はまた大きく分かれるでしょう。趣味で繋がる「仲間」、部活で繋がる「仲間」、会社で繋がる「仲間」といった感じに。そしてそのカテゴライズされた「仲間」の枠組みの中でも派閥は存在します。部活で繋がった「仲間」と趣味で対立してしまったり、趣味で繋がった「仲間」と会社で対立してしまったり。この海賊団という枠組みにおいてその曖昧ながらもはっきりとした彼らの「生き方」に対する考え方による派閥と相違が生まれています。どこまでも「公平」を求めるたった一人の少女と、生きるための犠牲を「仕方ない」と一蹴するその墓の海賊団員。


弱さを覆す団結する力

それに気付いた少女が取ったある行動は、ひどく狂った…それこそこれまで語られた物語で決して許されることのなかった重大な禁忌です。同時に麻枝さんがこれまでの作品でずっとずっと大きなテーマとして挙げてきたその禁忌。少女は仲間の海賊諸共、岩壁へと向かい自ら命を絶とうとしました。


操舵室に駆け込み舵取り船を走らせた 岩壁に向け



「ふたりだけのArk」における少年が少女に折れない強さを、その楽観した無垢な生き方を、自らの命を持ってして教えることで食い止めたその行為。「Flower Garden」における少年と少女が明日を懸命に生きるために終わりを迎えるはずの惑星でささやかな夢をその胸に抱くことで食い止めたその行為。麻枝さんはどの物語においても、この過酷な世界で自ら命を絶つ「自殺」を決して許しはしませんでした。彼の描く物語は非常に独創的で、それでいて持った大きな芯となる大きなテーマは揺るいではいません。



本当はぼくのほうがたくさんのことを学んだ旅だったかもしれない
夢を抱く無垢な心 わずかな希望でも信じる思い 折れない強さ

いつかきみは話した 本物の花を見てみたいと珍しく

きみをどうにかして外に連れ出せたらな
そしてふたりで歩けたらそれだけでもういい



しかしその行為は海賊王である船長から力でもって阻止されました。鋼の義手で頬を叩き、彼らの海賊行為を肯定します。「生きるための犠牲」なのだと。彼らの死の上に我々の生が成り立っているのだと。かつての死刑執行人達が紡いだその物語における「見せしめ」の死とひどく類似した世界を見出しました。彼ら「見せしめ」の死があってこそ、民衆達は非難する対象を持ち続け、あの世界でかろうじて理性を持ち合わせる事が出来ました。



義手の冷たい手のひらがあたしの頬を叩いていた
「生きるための犠牲だ」



少女は海賊王の言葉を否定しました。「でもそれは不公平だ 弱い者いじめだ」と。彼女が忌わしい故郷から求めたどこまでも続く「公平さ」が彼らからは欠如していました。彼らの行うその海賊行為は唯の弱い者いじめに過ぎないのだと、真っ向から彼らの生き方を否定しました。それはこの世界であろうと決して間違いではないのでしょう。彼らの海賊行為を強く肯定することはできませんが、完全に否定することだって出来ません。彼らの海賊行為を否定したなら、それはこの海で飢え死にしろと言っているも同然なのですから。すると押し黙った海賊王は、彼女に見せつけました。彼の痛々しいその体を。



「じゃあこれでどうだ」と服を脱ぎ捨てた



海賊王として堂々としていたはずの彼の体の半分はぼろぼろの鉄で出来ていました。王としての貫録はその痛々しい鉄の体を覆い隠すことで今まで成り立ってきたものだったのでしょう。そして彼は彼女のために言葉を紡ぎます。



その体の半分はぼろぼろの鉄で出来てた
「俺も弱い者だ



海賊の王として君臨する彼とて弱者でありました。彼一人でこの船を動かすことはできないのだし、大きな他の海賊船から食糧を奪うこともできないのですから。彼は「王」としての称号を持っているからこそ強者としてそこに居座ることが出来ました。その「王」の称号は「海賊」という団体が存在しなければそもそも存在しません。ですから彼一個人は一人の人間に過ぎないのだと、弱者に過ぎないのだと、言っているわけです。もちろん彼の体の半分はぼろぼろの鉄で出来ており、その個人の能力としては他の団員よりもむしろ劣っているのかもしれません。海賊の誰もが、広く言えば人間の誰もがこの世界では弱者として存在します。しかし弱者同士が手を取り合い「仲間」を形成し、団結し合えたなら、この滅びゆく惑星でも強く生きていきていくことができるんです。しかし前述の通り、形成したその「仲間」同士にあっても派閥や対立、意見の相違は存在します。恐らくこの海賊王も海賊達のその行為に強く肯定出来ずに居たのでしょう。しかし、そこで表れたのが厨房係の少女でした。彼女は忌わしい故郷で知ったこの惑星の「不平等」に対してすべてを否定しました。その揺るぎない否定が、彼にとって非常に心地の良いものだったのかもしれません。そしてその真っ直ぐ生きようとする瞳に彼は愛情を抱いていたのかもしれません。だからこそ、たった一人どこまでもこの世界に「公平」を求めるその少女にだけ、彼は提案を打ち出します。



なあこれからはひとりでやってこうと思うんだが
 この様だ…連れが必要だ
 ちょうどいい おまえがついてきてくれないか」



この過酷な現実を抱く惑星での生き方を彼らは知りました。それは弱者が互いに手を取り合い、「仲間」を求め合うこと。そしてその「仲間」であっても必ず個々の意見の相違が存在するということ。そのすべてを知った彼らは「同じ公平さを求める仲間」として手を取り合うことを考えました。その想いが愛へと移っていくのは、彼らの乗った小さめの船の進みと同様本当にゆっくりと、なのでしょう。しかしながら、彼らの船は強大な海賊船よりもより強固な力を持っています。彼らの正しさを一身に持ち、彼らが愛を育む優しさに満ちた箱舟なのですから。彼らはいつかどこまでも「公平な世界」を求めて沖へと進んでいきます。いつ見れるとも知れない朝の光へと。


ふたりを乗せた小さめの船がゆっくり沖へと進んでく
朝の光へと



表題「とある海賊王の気まぐれ」を最後に考える

以上で「とある海賊王の気まぐれ」の考察は終了です。個々の物語の繋がりをこの辺に来てひしひしと感じてきているのではないでしょうか。麻枝さんがどの物語でも必ずと言っていいほど挙げる「自殺の全否定」をこの物語では少しだけ垣間見る事が出来ましたね。それはもちろん挙げた「ふたりだけのArk」においても「Flower Garden」においても伏線を張っていたつもりです。「夢」を「幻」へと変えてしまう惑星の宿命を知っていてもなお抱かずにはいられない夢、それが皮肉にも彼らの生きる糧と成り得る醜い惑星。「終わりの惑星のLoveSong」はこの終わりの惑星という舞台が非常に興味深い部分です。それを語るのは個々13の物語を語り終えたその時に。この海賊王と食事係の少女を巡る物語は、すべてがすべて偶然の賜物でした。もし彼女が漂流しなかったら、もし海賊団員が彼女の入隊を許さなかったら、忌わしい故郷における想いを胸に帰り血を浴びた団員を見て悲観の意を表さなかったら、彼女の揺るぎない否定に海賊王が心を揺れ動かさなかったら…この物語は成就し得ませんでした。彼が彼女と生きる道を選んだのもやはり偶然。もしかしたらずっと海賊として他の団員と暮らし惑星で絶えていたのかもしれません。しかし彼が彼女を選んだのは「気まぐれ」でしかなかったのでしょう。しかしそんな彼の「気まぐれ」がこの荒れ果てた惑星でも果てしない、しかし愛に溢れた優しさを彼らが育む機会を得る事が出来たのは確かです。今回の表題は『「とある海賊王の気まぐれ」に始まった支え合う彼らの恋路』としました。次回は「雪の降らない星」です。ご意見・ご感想はお気軽にどうぞ。


【2012/05/27 20:52】 | 終わりの惑星のLoveSong
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brycespeed
どうもbrycespeedです。コメント遅くなってすいません。
とある海賊王の気まぐれ、考察お疲れ様でした!

海賊王はやはり、最後が意見が割れるところですよね。


自分は海賊王とあたしによる「緩やかな自殺」だと考えています。
そもそも2人で海賊としてやっていくのは無理がありますし…
トラック2,7,9と同様のこと(今を幸せにして、未来を諦めた)を二人でしたとのかなと。

ただ、「朝の光」は悲しいワードではないと考えています。
一応、自分的には朝=明日=来世という意味で捉えて、来世への希望だと思っています。
他の曲でいうと「蒼の夢」のラストの方「春の日差し」という言葉に置き換えられるのではないでしょうか?

文章が下手で申し訳ないです。
それでは、また次も期待してます!

P.S  この曲の戦闘シーン2分39秒辺りに叫んでる声が某ヒゲのおっさんにしか聞こえないのですが、せれーでさんは如何ですか…?




せれーで
brycespeedさんへ

コメントありがとうございます!!海賊王はアルバム全体の曲の1つである役割?という繋がりが一番見出せない曲ですね。独立した曲なイメージが強いです。

二人での旅立ちがたとえ緩やかであったとしても「自殺」では決してないと自分は思います。自ら命を絶つその行為は麻枝さんがすべての作品を通して貫いているポリシーのようなものだと捉えていますから。ですが確かに彼らがこのまま惑星の終わりまで生きていられたかというと疑問ではあります。そうですね。brycespeedさんのおっしゃる通り惑星の破滅に関係なく今を幸せに過ごす非常に前向きな彼らの共通した生き方に由来するものなのだと思います。

語弊があったのならすいません。自分は「朝の光」へと向かうことを後ろ向きな意味合いで書いたつもりはありませんでした。自ら命を絶たず愛する二人で過ごすその時間は見えるとも分からない「朝の光」へと向かうその過程が永遠であるかのような表現であると捉えています。来世への希望…確かにそれはおもしろい考えですね。「今」を精一杯生きようとする彼らの生き方にも少なからず合致します。この海賊王の世界で日というものが照らされていたのかが分からないんですよね。「きみのairplain」では太陽が地を照らしているということはないようですが、果たして同一の惑星での物語と考えていいのか。

え!?ぼ、某ヒゲのおじさんというのは赤い帽子をかぶった彼、でしょうか...この声は女の人の声なのかなぁ....と思っていたのでおっさんの声....ですかね(;^ω^)?? ちなみに自分は緑の彼派です。


brycespeed
再度、brycespeedです。

>「朝の光」へと向かうその過程が永遠

単純な言葉で申し訳ないですが、すごく良いと思います。雪の降らない星の2人もそんな世界を目指してたのではないでしょうか?


それと、補足させて頂きたかったのが麻枝さんの死生観についてです。

丁度よい考察対象になりそうなものが

・Angel Beats! 13話Cパート
・human
・沙耶ルートED
・Shine Days
・蒼の夢

の5つが顕著だと思われます。
つまり、人間は転生し、再び人間として生まれる(可能性が高い)。
ただし、その場所は別の星であるかもしれない。

そして、今回の海賊王と同じような部分を探しますと、

「さあ走り抜けろ 昨日と今日 まだ見ぬ未来へとGo!!」-Shine Daysサビより

の部分ではないかと思われます。

この部分を上手く捉えるためには
昨日…生前の世界
今日…死後の世界
未来…転生後の世界
とこんな当てはめ方が良いと思います。
ちなみに昨日を前世、明日を未来とする考え方は平安時代か、それより前からあるそうですよ。

と、終わりの惑星からだいぶ逸れてしまいましたが、
麻枝さんの過去の楽曲からアイデアを引っ張って来る、というのも新たな発見があって非常に面白いですよ!


それでは、長文失礼致しました。





せれーで
brycespeedさんへ

コメントありがとうございます!!返信が遅れてすいませんでした。実は麻枝さんの死生観については楽曲すべてを考察しきってから最後に惑星の考察と共におこなうつもりでした…(; ・`д・´)あくまで今回の「とある海賊王の気まぐれ」においては少し触れておく程度、という感じでご容赦ください(;^ω^)個人的にはAngel Beats!作品におけるテーマと楽曲の歌詞について触れる予定だったのですが前作のLoveSongから引っ張ってくるのもおもしろいですね…考えておきたいです。出来るだけ皆さんが触れたことがある過去作品を引っ張ろうかなーと思ってたので。

転生…についてなんですが、この「惑星」が滅んでしまった時、果たして転生は叶うのか、というのが重いんですよね。生命はどこに転生するのか。もしかしたらこの舞台はその転生を許さないがための「終わり」なのかもしれないなと少し考えてみちゃったり。もちろん「惑星」自体の「終わり」こそが「始まり」を呼ぶという説も自分の記事で以前取り上げてみたのですが、13曲描き終えたときもう一度考えたいと思います。貴重なご意見ありがとうございました!!

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