鍵っ子もいろいろと思うことがあるんです
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前回に引き続き、「終わりの世界から」について少し考えてみたいと思います。
前回少女のタイムリープについて少しお話しましたが、まぁ自分の憶測なのでさらっと流しちゃってください。
今度はちゃんと歌詞のほうを読み取っていきますね。
皆さんも例の学ランショタを想像しながら考えてみてください!!!←
これからは皆さんも一度歌詞すべてに目を通したと考えて話を進めます。


表題「終わりの世界から」を考える

公式発表の通り、この「終わりの世界から」がLoveSongのプロローグ曲となっています。物語の始まりですから、やはりこの曲がLoveSongのすべてを知る上で重要となってきますよね。ではどうしてこの「終わりの世界から」がプロローグと成り得るのか。現時点で発表されている3曲を比較して考えてみます。皆さんもお気づきの通り、この「終わりの世界から」だけ歌詞においての世界が崩壊へと至っていません。現代とは少し異なった世界の中に立たされているような歌詞がほかの2曲にはあります。



Killer Song
季節は狂ったままで
秋のあと夏がきた


きみのairplain
昔は太陽の光が地上を照らしてたらしい
草木もよく育ったそう



「季節が狂ったまま」のKiller Songと「今は太陽の光が地上を照らしてはいない」きみのairplainでは、まさしくその風景は「終わりの世界」ですね。しかし「終わりの世界から」では、その世界の崩壊は歌詞の終盤において彼女が禁忌を犯した後です。これが「終わりの世界から」がLoveSongのプロローグと成り得る所以です。
またこの「終わりの世界から」というタイトルには、きっと何か続きがあるのでしょう。終わりの世界から…どうするんでしょう。きっとそれは「終わりの世界から始まった破滅への恋」といった感じではないでしょうか。ということは、表題にある「終わりの惑星」というのは「終わりの世界」と同意なのでしょうか。

歌詞における呼応関係

歌詞の中にはいくつか呼応関係にあるものが存在します。それはこちらの部分。



笑い合えるってすごく幸せなこと
それをきみから教えてもらったんだよ



恋をする 贅沢な感情
それを思い出した
だから全力でその手を取る



冒頭の部分とBパート中盤の歌詞です。笑い合えることの幸せは少年の引っ越しの日に自覚したものだと考えられます。「笑い合える」というのは未来において少女が当たり前のように少年と会話で来ていた日常のことでしょう。過去にリープしてきた今笑い合うことすら叶わないのですから、失って初めて気づくことがあるのだと少女は身をもって経験しました。また、彼女は彼との仲を元に戻そうと必死でしたが、これを自覚したことで以前の「純粋に恋をしていた自分」も同時に思い出します。だからこそ、少女は「ぼろぼろになってきみにほんとを伝えた」のです。自分がどうなろうと、この「好き」でいる気持ちを抑え込むことは間違っているのだと。その後すぐに「ばらばらな時空」へと彼女は吸い込まれてしまうため「少年のこの後」を知ることはできませんが、恐らくいなくなったはずの彼女をやっと見つけて、ぼろぼろな、それでいてきれいな笑顔で「年上の彼女」を迎えたでしょう。

描かれなかった「少年の真意」



そんなきみがこっそり教えてくれた
好きな人 年上の綺麗な女性



率直に言うと、本当に少年は「年上の綺麗な女性」が好きだったか、ということです。…いきなり大前提です?始めに序盤に存在するもう一つの呼応関係について確認します。それは「趣味」と「理想」です。これは恐らく「友達」と「恋人」に呼応します。少女は少年にとって友達以上恋人未満な関係なわけです。少女には友達と恋人、という二面性を強く持っているためにその線引きが難しい状態であり、そのため少年は照れ隠しで「年上の綺麗な女性」が好きだと咄嗟に嘘をついてしまったのではないか、と考えるわけです。これは「こっそり教えてくれた」という状況にもよるんですが、いきなり女の子が「好きな子いるの!?誰なの!?」と差し迫って聞いてきているなら嘘をつくこともあり得ますが、少年の方から少女に「こっそり教えた」場合には少し考えずらいです。少年が少女について「友達」だと考えていた場合、「好きな人」だと考えていた場合のニ通りを今後検討していきます。自分としては、きっと「好きな人」だったんじゃないかなって思います。

過去における少女が消息を絶った際の少年の行動



ぼろぼろに泣いてきみは探していた
突然いなくなったあたしの面影を


ぼろぼろになってあの日を探していた
ばらばらになったふたりをつなごうとした


また春が来てきみはここを発つと決めた
「もしあなたがあの人だったらよかったのに」と残し



過去における少女が消えてしまった後、少年は「未来」とは異なる行動を起こします。それらについて考えていきたいと思います。まず「あの日」とは、過去における少年と過去における少女が話すことができた何気ない日常を指し、「ふたり」というのも、過去における少年と過去における少女の二人を指します。少年はぼろぼろになって少女を探し、次の春に引っ越しを決意します。いなくなった少女を必死で探すのは親友としても好きな人であっても分かります。問題は次です。やがて探し暮れ見つからない少女を置いて、引っ越しをしてしまうんです。引っ越しですよ?引っ越しとは直接描かれてはいませんがPVの映像と「ここを発つ」という描写から連想できるのは引っ越しです。なぜ少年はこの行動に至ったのか。それはきっと、消えてしまった少女との決別を明確に示すためでしょう。自分が少年にとって少女が「好きな人」であり得る大きな理由はここにあります。作中においてこの「引っ越し」とは、「想いの決別」を表していると考えられます。想いとは、親友・友人に対して抱くものではありません。それは間違いなく、自分が好きでいて生涯を共にしたいと願う人間に抱く特別な感情なのです。これらの行動はすべて「未来における少年の過去」には見られなかったものであり、少女の消息が消えてしまったことにすべてが起因するために少女に対するものとして捉える事が出来ます。

彼が残した言葉の真意



「もしあなたがあの人だったらよかったのに」と残し



これが少年が作中で行う最後のアクションです。「あの人」とは過去における少女を指すと見て間違いないでしょう。自分はこれを、少年の考える「理想」が「過去にいる年上の少女がこれまで考えてきた理想」と重なったんだと感じました。少年の「理想」とはあくまで少女が考えた少年の理想であり、それが本当に少年の理想かは分かりませんでした。しかしこの一言で、彼女の考える彼の理想が強ち間違いではないことを物語っています。

一面灰色の世界とは 仮説①:矛盾した未来

「終わりの世界から」において理解に悩むのはここからですよね。少女が禁忌を犯すことによって「ばらばらな時空」に吸い込まれ「一面灰色の世界」へと飛ばされてしまいます。ここが一体どこなのか、というのが論点です。ここまでを踏まえるなら、恐らくこの「一面灰色の世界」とはLoveSongの表題である「終わりの惑星」であり、少女における「未来」を指すのだと考えられます。しかし、少女のタイムリープ能力の定義として未来へは飛ぶことができなかったはず…という矛盾が生じてしまいます。その矛盾は恐らく、「ばらばらな時空」を指しているのだと考えられます。「ばらばら」という表現がちぐはぐな矛盾の比喩として用いられ、禁忌を犯すことによる時空の矛盾発生を物語っています。「ぼろぼろ」と「ばらばら」はこれ以前に何度も登場しています。



ぼろぼろに泣いてきみは探していた


ぼろぼろになってあの日を探していた
ばらばらになったふたりをつなごうとした


ぼろぼろになってきみにほんとを伝えた
ばらばらになった時空に吸い込まれていく



やはり表現が韻である以上、「ばらばら」と「ぼろぼろ」に対する意味合いはすべて統一されていると考えられます。「ぼろぼろ」とは涙をこぼしている状態を指し、「ばらばら」とは離れ離れという意味合いで使われています。そう考えてもやはりこの「ばらばら」について言葉が離れ離れ≒ちぐはぐ≒矛盾と捉えても不思議ではありません。この「ばらばらな時空」こそが麻枝准が考えたファンタジーなのでしょう。

一面灰色の世界とは 仮説②:CLANNAD作品における幻想世界

作詞が麻枝准な以上、「世界」と聞いたらCLANNAD作品における幻想世界を連想する方は多いと思います。この「一面灰色の世界」というのもその一種であり、正常な時間軸(元の少女が存在した時間軸)とは外れたもう一つの世界なのではないかという説です。この根拠は終盤の歌詞の一節です。


また笑えるかな あたしこの世界で



「この世界」というのを「元いた場所とは別の世界」という意味合いで解釈した場合です。こちらであれば同一時間軸上の未来へリープした、という少女の持つタイムリープ能力の定義に関する矛盾を生じさせることなく、荒廃した世界が一面に広がった元いた場所と類似していながらも異なる別世界に「ばらばらな時空」を通してやってきたことの説明が可能です。


旅の目的は、きみに会うこと



手に持ってたのは古びた一枚の写真
こんな色をしてた時代もあったんだ
そこで無邪気に笑ってる
きみに会いにここから旅を始めた



恐らくこれまでの回想はこの「古びた写真」を眺めていた女性によるものだと考えられます。この一節が前述のKiller Songにおける「季節が狂ったまま」ときみのairplainにおける「今は太陽の光が地上を照らしてはいない」に代替しますね。「こんな色をしてた時代」というのが、これまで回想してきたなつかしい日々でしょう。さて、ここで注目したいのが「少女のこれから」です。これから少女は旅(リープ)を行うようですが、それは「きみ」に会うという明確な目的があるようです。「きみ」というのは恐らくこれまでにも登場した少年のことでしょう。自分はここで「あれ…?」と感じました。何故ならこの「終わりの世界から」における主題は「決別」だと踏んでいたからです。なのにどうして再び「きみ」に会うことを目的とするのか。それは次の歌詞に記されています。



また笑えるかな あたしこの世界で
きみの写真は置いたままで歩き出す



「笑う」というのはこれまで何度も出てきています。この「笑う」というのは「相手を想うこと」だと思います。だから「笑い合う」はお互いに想い合い、通じ合っていることを指します。この根拠は前述の呼応する関係にある「笑い合うってすごく幸せなこと」と「恋をする 贅沢な感情」です。そしてまた問題なのが、きみの写真を置いていく理由とは何なのか。もう一度「きみ」に会いにいくのにどうして写真は置いていくのか、というのが論点です。これは「少女が過去へのタイムリープで学び得たこと」と関係していると考えられます。少女は過去へリープし少年の「理想」として恋を始めようとしましたが、「過去における少年が少女と認識している少女」と「未来における年上の少女」を最後まで同一人物とは気づかず、恋どころか友人関係を築くことすら叶いませんでした。しかし1年の時を経て、少年の「理想」は最後に「年上の彼女」と重なったのです。



「もしあなたがあの人だったらよかったのに」と残し



つまり、どれだけ自分を彼の「理想」へと近づけたとしても、少年の「理想」には成り得ないのだと、彼女自身の身で実感したのです。何故なら、少年の「理想」とは、「ありのままの少女」だからです。それを踏まえるなら、以前とは変わり果ててしまった自分であったとしても、きっと「きみ」はまた少女に恋をしてくれると少女は確信しているのです。だから「過去」における彼との思い出を置いて、「一面灰色の世界における自分」として再び少年と恋をしようと旅立つ決意をしたわけです。まさにこの曲のテーマは、「過去」との決別、そして終わりの世界から始まる「未来」ではないでしょうか。
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【2012/01/31 00:11】 | 終わりの惑星のLoveSong
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先日LoveSongの1曲である「終わりの世界から」のPVが発表されました!!
C81での先行シングルで曲自体は聴くのは初めてではないですがPVは史上初です。
この曲はアルバムの1曲目に収録されることが決定しています。

麻枝さんいわくこの曲はこの企画のプロローグだそうです。
アルバムの一曲目になることも決定してるんだそうですよ~ #OwarinoHoshi


LoveSongは前作通りであるなら曲順にも大きな意味があります。物語を語る上で順序を無視する作家はいないでしょう。
今「終わりの世界から」についてはこれぐらいの情報しかありませんが自分なりに考えてみました。
あ、あと「Killer Song」についてなんですが…これは歌詞が単調な描写が多く状況説明のような歌詞なので今は軽く触れるだけにしておこうかなって思ってます。



「終わりの世界から」を初めて聴いたとき

先行シングルでこの曲を初めて聴いたとき、3曲あるなかで一番好きだなって率直に感じました。LoveSongのイメージはriyaさんが強力なんですが、やなぎなぎさんの声もすごく相性がいいなって思います。必死さが伝わるLoveSongらしい唄い方をする方ですよね。あと歌詞についてなんですが「ばらばら」と「ぼろぼろ」がすごく気に入っています!!これはいたって普通の韻ですが、これくらいはっきりと韻だと分かるくらいが自分には丁度いいです。 あとPV観て男の子がこんなに可愛いツリ目ショタだとは想像もしていませんでした…。中学生くらいでしょうか?学ランとかめっちゃ可愛いと思いますこれが麻枝さんの厳しい発注だったら滾る←←

「終わりの世界から」における前提 ‐タイムリープ能力の定義-

まず、歌詞の解釈をおこなう前に「終わりの世界から」の前提条件について確認しましょう。
登場する少女について、時間の過去や未来へと自分が移動する「タイムリープ能力」を前提としています。これは最近のアニメ作品にもこれを主軸とした物語はいくつかあります。思いつくものとしては「魔法少女まどか☆マギカ」や「シュタインズ・ゲート」ですね。一応どちらも視聴しました。

前者については作中における暁美ほむらが魔法少女として契約したときに自ら取得ししたものです。このタイムリープ能力についての詳しい原理についての説明はありませんでしたが、魔法少女まどか☆マギカWikipediaより引用です。

ほむらの能力に関する虚淵発言
ほむらの盾に見えている武器が砂時計で、その砂の流れを遮断することで時間をとめているんです。
で、砂時計の上部分の砂が全部なくなった時点でひっくり返すと1か月分の時間が戻る。
それまでは止める事しかできない。
つまり、砂時計の1か月分の砂をやりくりする能力がほむらの特殊能力なんです。
世界は平行して分岐しているのかな、と思っています。
(オトナアニメVol.20(P34))


つまり、彼女は異なる時間軸上に存在する「過去の自分」と一体化することで、その地点における彼女にとっての未来の記憶を持ちながらにして過去へとタイムリープすることができたわけです。

後者にはこのタイムリープ能力を作中の登場人物が持ち得る能力として存在するわけではなく、「携帯端末と電子レンジを用いた一種のタイムマシン」という形で存在しています。つまり前者のタイムリープ能力とは異なり、誰でもこの能力を使い得るということです。また、少数の文字を未来へと移動させることが出来る描写から、こちらは過去にも未来にも飛ぶことができます。こちらの作品の定義として、文字端末と人間の意識をデータ容量の大きさで表しています。人間の意識は大きすぎるために過去と未来を行き来することはできない。だからメールの限られた字数によって過去、あるいは未来の人間に同時間軸上(作中では世界線と呼ばれる)の異なる時間について伝達することで「タイムリープ」しています。作中の岡部倫太郎は運命探知能力(リーディングシュタイナー)を持ち得たために人間の錯覚(デジャ・ヴ)を超え、世界線変動率が変化し世界が再構築された事を知覚し、前の世界線の記憶を維持できました。要は、叶わなかった人間の意識と世界線移動が可能だったわけです。こちらも同一人物の意識の一体化により、同一人物が同時間軸上に二人存在するパラドックスは起こりえませんでした。


では、LoveSongにおける「タイムリープ能力」についてはどうでしょう。
ここでは少女が「一面灰色の世界」に飛ぶ以前の世界を「現代」としましょう。


追いつけない だから能力使う 過去へとリープ

早く帰ろ でも能力は一方通行 未来には飛べなかった

遠くからきたってことを伝えたい
でもそれは駄目だってどこかで気づいてた

ぼろぼろになってきみにほんとを伝えた
ばらばらになった時空に吸い込まれていく



過去へとリープし、未来へは行くことができない。そして過去の人間に自分が未来から来た事を伝えてはいけない禁忌がある。それでももし伝えてしまった場合には「ばらばらになった時空」へと飛ばされてしまうようです。
前述で示した二つの例とは少し異なるようです。タイムリープについて明確なことが言えない以上、原作者によって捉え方や考え方が違うのだということをあらかじめ伝えておきたくこの例を挙げました。未来へと飛べないというのはこのLoveSongにおける新しいタイムリープの定義ですね。また禁忌を破った場合に自分の身に何か起こるというのも新しいです。さすがだーまえわーるどですね!!

少女のタイムリープは1回だけ?


「あなたに似た人を探してます 何か知りませんか」と


このフレーズも気になりました。普通似ているだけでまったく知らない人間に話しかけるでしょうか?自分は人見知りなので似ててもキャッキャ騒いで結局話しかけずに終わっちゃうタイプです。←
なぜこの少年は年上の彼女に話しかけたのか。それは「シュタインズ・ゲート」におけるフェイリス・ニャンニャンが異なる時間軸上(世界線上) における出来事を別の世界線上で思い出すことができたことに類似しています。彼女が異なる世界線上における出来事を思い出せた要因は二つあります。一つは、亡くなった父親に対する想いの強さ。もう一つは、岡部倫太郎が何度もタイムリープをおこなってきたことです。このことを踏まえて考えると、少年が思い出す対象(つまり少女)は少年にとって想いの強い存在であった。そして少女のタイムリープは、決して1回きりではないかもしれません。


そこで無邪気に笑ってる
きみに会いにここから旅を始めた


彼女はタイムリープを何度でも行うことが出来るようです。もしかしたら禁忌を犯すことで回数制限が解けた、とも考えられますが、もし1回きりだった場合に、あの場面で1回しか使えないタイムリープを使うでしょうか。すこし動機が弱い気がします。自分だったら少年が年上の女性と付き合い始めてしまってからタイムリープしてやり直す方が賢明ではないかと思いますね。少女にだってあの時点ではまだ十分な可能性を感じます。←何度も使うことができる能力だからこそ1回を軽視することができたのではないでしょうか。それを知り得る術は禁忌を犯してはならないことを直感的に知っていたことと同じです。

タイムリープ能力の定義による「年上の少女説」の崩壊

先行CDが発売して、昨日PVが公開されるまでは「年上の女性=少女」説が存在しました。
しかしPVを見てみると…似ても似つかない女の人なのでした。←
どうも年上の女性が少女ではなさそうです。それは先ほどから論じているタイムリープ能力の定義からも崩せます。まど☆マギ、シュタゲ、そしてLoveSongの3作品においては、同時間軸上に同一人物が二人存在することはできないんです。現に(当初登場する少女から見て)「過去」では、年上の少女が登場することで幼少期の少女は消息を絶ちます。ならば、「現代」において年上の女性が「未来」からタイムリープしてきているなら、「現代」における少女(歌詞の中心となっている少女)は消息を絶つはずなんです。以上のことからも、年上の女性≠少女は成り立ちます。

禁忌を犯したことによる少女のタイムリープ能力の変化と一面灰色の世界

タイムリープについて詳しい描写があまりないのではっきりとは言えませんが、少女の能力では原則として未来に飛ぶことはできないはずです。しかし歌詞における終盤の「一面灰色の世界」とは遠い未来を連想させました。この「一面灰色の世界」とは一体どこなのか。自分はやはり、ここは未来であると考えます。


手に持ってたのは古びた一枚の写真
こんな色をしてた時代もあったんだ


このフレーズが未来であることを物語っています。「一面灰色の世界」において「古びた一枚の写真」に写っていたのは幼い少年少女の姿でした。ちょうど「現代」における少女と少年くらいの容姿だと思います。対する少女は以前とは比較にならない「年上の女性」となってしまいました。ということは、やはり一面灰色の世界=未来のある地点であることは間違いないと思います。
またPVで映っていた世界は建造物が瓦礫と化し、人気のない、「一面灰色」と称されるに値する光景でした。少女たちの住んでいた「現代」から遠い遠い未来なのでしょう。これがまさしく、表題にもある「終わりの世界」であり、「終わりの惑星」だと思います。
では来れないはずの未来へ少女は何故来れたのか。それは禁忌を犯したことによって、彼女のタイムリープ能力に変化が起こったことが考えられます。詳しい変化については描写がありませんが、リープの回数制限はもしかしたらこの禁忌による能力変化によるものかもしれません。




…とりあえず今回は少女のタイムリープ能力についてだけ考えてみました。ただの厨ニじゃないですか~自分…でもほんとに可愛いですよねこのショタ←
タイムリープについては考えが人それぞれである分、想像の幅がぐっと広がってしまいますね。これもたくさんの中の一つだと考えてみてください。

【2012/01/30 23:26】 | 終わりの惑星のLoveSong
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みなさん!!今巷を賑わせている一枚のアルバムがあることを知っているでしょうか。
本日最新PVも公開されたばかりのLove Songというアルバムです。
これはkeyにおいてメインライターとして活躍されていた麻枝准が7年前に発売したその跡を継ぐ作品。 しばらくはこのLoveSongについて考察をしていきたいと思います。



そもそもLoveSongって?

lovesongジャケ

keyのライターとして活躍されていた麻枝准は、物語を紡ぐと同時に作曲家としても活動を行っていました。彼が手がけた楽曲と言えば誰もが知っているであろう「鳥の詩」や「時を刻む唄」、そしてAngelBeats!における主題歌やガールズバンド「GirlsDeadMonster」の劇中歌、が有名です。6月には歌手Liaとkeyにおける楽曲の総決算とも言えるアルバムを発売しました。
そんな彼がアニメ作品におけるテーマを描くのとは別に、独自の世界観をモチーフとした13の楽曲を手掛け、それを一枚のアルバムへとおさめました。それがLoveSongです。
そのテーマは「13の楽曲が織りなす、破滅に向かう“僕ら”の恋のうた」

01.始まりの坂
02.蒼の夢
03.星なる石
04.走る
05.百年の夏
06.僕らの恋
07.灰色の羽根
08.グラモフォン
09.神話
10.氷時計
11.折れない翼
12.そして物語が終わる
13.Love Song

この13の楽曲は一見寄せ集めのようにも見えますが、すべてを通して聴いたとき、それは一つの物語を語っているかのような、ある種のストーリー性を持っています。文字の羅列だけが、決してテーマを伝えるための媒体ではないことを大きく示した作品だと言えるでしょう。「始まりの坂」で物語を始め、それは次第に変調し、物語は13曲目であっさりとその身を引きます。テーマコンセプトにもある通り、それらすべてのLoveSongは破滅へと向かっていきます。


LoveSongなんて知らないよ。

正直、LoveSong自体そんなに知名度は高くないと思います←←
恥ずかしながら、自分もこの存在を知ったのはkey10th MEMORIAL FESにおけるライブでの一曲でした。
key10thでのライブでは星なる石を茶太さんが唄いました。アルバム本体ではriyaさんが唄っていらっしゃるのですが、諸事情??により来ていらっしゃいませんでしたので。

10th_banner01.jpg



LoveSongの魅力って?

LoveSongの魅力はやはり何といっても、作詞作曲すべてが麻枝准であり、その独創的なメロディーと歌詞が惹きつける所以となっています。序盤はごく一般的なメロディーとせつなげな歌詞、で片づけられてしまいますが、徐々にメロディーに異変が起き、いつの間にか「破滅」にふさわしい変調なメロディーへと変化しています。
また、歌詞の世界観も非常に面白い面を持っています。その世界観は現代にとどまらず、ファンタジー溢れた詩となっていて、聴いている人の想像力を描き立てました。





…と、まぁ。
LoveSongについての記述はいろんなところで見られると思いますので、これぐらいにしておきます。
ざっくばらんな説明なので、詳しい説明は機会がありましたら是非。
そして…これから考察していくのはこちらの新作LoveSongです!!!

lovesongロゴ
公式ホームページ「終わりの惑星のLoveSong」

こちらが今年春発売予定であるLoveSong2題しまして…終わりの惑星のLoveSong
前作はriyaさんがボーカルでしたが、今作ではやなぎなぎさんがボーカルを務めます!!
key最新作であるRewriteでのエンディング曲を担当していましたやなぎなぎさんですが、ソロデビューも決定しアニメ「あの夏で待ってる」のエンディング曲を担当しているそうです。ちなみに自分は視聴してません...すいません。



前作LoveSongとの比較

前作LoveSongとの共通点、相違点について確認しておきましょう。
共通点としては、楽曲は全13曲という点です。
何故13曲なのか、それは麻枝さんしか知り得ないことではありますが、前作と共通するということは、何か意味をもった数字ということではないでしょうか。
相違点としては、ボーカルの変更くらいでしょうか。
riyaさんと言えばCLANNADの楽曲を多数唄ってきたという印象を持ちますが、ユニット「eufonius」での活動が主軸となった今、変更されたというのは妥当な線でしょう。
さらに、相違点としては発売までの期間における大々的な宣伝期間です。
前作LoveSongではそれほど大きな宣伝もなく、ひっそりと発売されたイメージです。現在でも知名度があまり高くないことを考えてもです。しかしアニメAngelBeats!での楽曲における高い評価を得て、麻枝准の作曲家としての面は大きくプラスの方向に働きました。そして今、彼の音楽才能を発揮する企画が持ち上がったのでしょう。keyを知る人間の中でLoveSongの人気は非常に高いものですし、より多くの人に知ってもらうには十分な機会です。



先行シングルの発売

去年の12月に行われたC81において、このLoveSongの先行シングルが発売されました。
表題を「Killer Song」と題し、LoveSongの3曲を先行で視聴可能になりました。

01.Killer Song
02.終わりの世界から
03.君のairplain
※「君のairplain」はアルバム未収録です。



プロモーション映像の公開

今回公式ホームページではLoveSongの楽曲におけるプロモーションムービーを公開しています。現在では「Killer Song」「終わりの世界から」の2楽曲を公開中です。このPVがLovesongにおいてプラスとして働くか、マイナスとして働くかは分かりません。前述のLoveSongの魅力において麻枝独自の世界観と表現の独自性を列挙していきましたが、それをネット上で考察することも、このLoveSongの魅力の一つといえます。彼の世界を理解し、納得し、そしてそれを発表して議論する。プロモーションムービーがあるとある程度、全員の視覚的描写が統一され、考えることの楽しさを失ってしまいます。最初に公開された「Killer Song」についても批判は多少なりともありました。


新ブランドFLAMMING JUNEの確立

麻枝准は、この「終わりの惑星のLoveSong」 を手掛けるに当たって新たなブランドを確立しました。それが「FLAMMING JUNE」です。これは麻枝さんが楽曲のヒントを得ていたとも言っていた「FLAMMING JUNE」という楽曲の名前と一致します。由来はそこではないかと思われます。ってか絶対そうです。前作LoveSongはKey Sound Labelからの発売でしたが、今回の作品は自らのレーベルを立ち上げてまでも発売するということは、今後も麻枝准個人として楽曲を手掛けていくことの意思表示でもあり、もしかしたら麻枝のもう一つの面であるライターとしては一線を引くということなのでしょうか。





さて…LoveSongについて熱く語るのはここまでにしておきましょうwwww←←
皆さんにも是非この楽曲の良さを知っていただきたいと思い、そしてこれから考察をしていく上で理解をより深めてほしいという一心で書きとめました。稚拙な文章で申し訳ないですが。次回からは本格的に??予想を始めて行きたいと思います!!

「…え?考察じゃなくて、予想??」

はい、予想です。
だってみなさん?まだLoveSong2は発売してませんよ?←
LoveSongは前述の通り13の楽曲を通しで考えることに意味があります。
1曲1曲を個々で聴くことで考えることはありますが明確な考えを出すことはできません…。
と、いうことで!!みなさんも是非LoveSongを視聴して考えてみてください!!

【2012/01/30 03:13】 | 終わりの惑星のLoveSong
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ブログ見ました!
K-Nakamura
ブログ記事見ました!
私も「終わりの惑星のLove song」にハマっている者です。
ハマりすぎて曲の考察ブログを作ってしまいました。
客観的に見た考察の評価が欲しいので是非ともブログにコメントいただけないでしょうか

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ここからの記事は前回の小説「半分彼氏だった、君の頑張りに捧げるLoveSong」についての内容を含みます。
読みえてくださった方は追記からご覧ください。

「半分彼氏だった、君の頑張りに捧げるLoveSong」を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。小説、とまでは長い話でもありませんでしたが、描き切ることができてよかったです。というのも、これは一気書きでいけたので、自分の素直なお話ができたかなーと思って投稿しました。掲載させていただいたサイト様でもたくさんの評価をいただきまして、勉強不足が滲んだ感じですが。

今回のお話はとってもハートフルな出来だと思ってます……え?そんなこともない?
登場人物は名もない二人。語られるのは彼女からの『これまで』の告白。たったその二つだけ。
ただ短い分、描写一つ一つが何をいったい表現していたのか、それが伝わりづらい個所も多々ありました。
その説明を兼ねて、今回のあとがきを執筆していきたいと思っています。

これはタイトルを思いついた時点で話のストーリーを作りました。
「半分彼氏」ってタイトルで最初描いていたんですが、だんだん男の子に感情移入していくうちに「がんばり」を認めてあげたいと心から感じてしまいました。だから「半分彼氏だった、君の頑張りに捧げるLoveSong」です。
LoveSongと打ってるわけですから、構成をLoveSongに仕上げました。 第三者視点を省いた彼女からのストレートな想いをすべて載せて、手紙のように締めています。 最後のこの三文でタイトルの真意を読み取っていただけると思います。



最期まで笑顔を絶やさなかった、大好きな君へ。
あなたの大好きな彼女より。
これまでの多大な感謝と、精一杯の『ありがとう』を込めて。
半分彼氏だった君の頑張りに捧げるLoveSong




これは質問にはありましたが、これまでの多大な感謝と、精一杯の『ありがとう』の違いとは何か。
「多大な感謝」とは、これまで自分と付き合ってくれたことを感謝しています。多大、なわけですからこれまでの長い年月に対しての感謝です。
一方で「精一杯の『ありがとう』」とは、彼の生き方に励まされ、彼の死後の指針を持ち、自分を見失わずにいることができたことを感謝しています。精一杯という表現は、彼の死を悲しんでいないわけではない。悲しいけど、精一杯その気持ちを押し殺して、まずは感謝をしている彼女をイメージしたつもりです。



からっぽの痛みに緊張する私への気遣いだって、ちゃんと気づいてた。
・・・どうして涙を零すの?痛いのは私の方だって。



「からっぽの痛み」に緊張する私への気遣い…これは平たく言ってしまえばセックスをする彼女に対する気遣いです。からっぽ、なわけですから実際に痛みを伴っているわけではありませんが、それは子供を作ることができないことに彼女が少なからず痛みを伴っていることに共通しています。手を絡める時の彼の顔が強張って真剣なのはいつだっておかしかったことと対比され、より彼氏彼女として仲を深めた彼らが共通の痛みを持ち始めます。



ある日の大きなトラックが、彼の体を真っ二つに引き裂いた。
両足は彼の下半身から外れて遠くに飛んだ。




彼の体は上半身部位と下半身部位で分けて「真っ二つ」と考えました。外れる、という描写が左足、右足、上半身に三分割したと捉えてしまった方もいらっしゃったかもしれません。下半身部位はヘソの少し辺りで切れているイメージです。つまり足二つは胴体に繋がったまま胴体をヘソ下までを失っているわけです。胴体を失っていることで排泄は体に管をつないで人工的に排泄部位をつけることで排泄を行っています。これは実際に生存している事例があり、その記事を読んでこのことを知りました。



でもね、私が本当につらかったのは、もし『君達』がまた一緒になって、私の横を歩いてくれるんじゃないかって、少しでも考えちゃったとき。



『君達』とは彼の失った下半身と今の彼である上半身がまた一つの肉体となって彼女の横を歩くことができることを想像しているわけです。上半身だけが今の彼であっても、失われた下半身も立派な彼であり、その二つは決して分けて考えることができない彼女にとっては、どちらも「君」なのです。



これを書き切る頃に、私はもう君の歳を遥かに通り越して、もうすぐ君の傍へ。



これは「通り越す」というよりも「本当だったら、君は私を追い抜くことが無いのに、彼よりも年が2倍、いや3倍にもなった。もし生きていたら何歳なのにね…」と彼の死について悲しむことを後回しにしていた彼女が死を悼んでいます。そして自分の寿命を悟って彼の逝ったあの世へと向かうことを予兆させています。もちろん彼女のほうが3歳年上なので「通り越す」ということはありません。


以上が物語中における補足です。
詩的な部分が多く、その上短いので想像で片づけてしまってもかまわないのですが、自分の考えを統一していただけたらな、と解説を入れてみました。

この話はタイトルを考えて、その後で「あるはずのない痛み」についての描写を考えていました。すごいインスピレーションが湧いた自分がいたんですが、大して文章に表わせずに終わっちゃいました…。
この物語におけるテーマは「死を乗り越える強さを持つこと」です。人が死ぬともちろん悲しいですが、この作中の彼女は彼の死を悼む前に、彼の頑張りに対して讃える言葉を送りました。人が当然悲しむべき場面で彼女はぐしゃぐしゃではありながらも笑顔を向けました。この物語のハートフルな部分はここに尽きると感じています。彼女の人とは違った死に対する向き合い方も、彼への愛故の行動です。理由なんて必要ないでしょう。

劇中の彼は弱みを隠し続け死にます。つらさを隠し続け死にます。でも、彼は不幸だなんて思っていないでしょう。笑顔で絶えた彼の顔は幸せに満ちたものです。では、こんなにも幸せな彼らに悲しむ場面はあったのでしょうか?「なつかしむ」彼女の最期の顔はどんなものだったのか、その想像はお任せします。

確かに一見、これは結局死んでしまった彼に悲しむ物語なのかもしれません。しかし、彼女は彼を思い出してこのLoveSongを描きあげたとき、確かに微笑んでいると思います。生涯最後の、笑顔に溢れたLoveSongなんですから。


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【2012/01/01 03:25】 | 小説
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