鍵っ子もいろいろと思うことがあるんです
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とある海賊王の気まぐれ


「終わりの惑星のLoveSong」考察
No.8「とある海賊王の気まぐれ」



忌わしい故郷に抱く少女の想い

No.7「Executionerの恋」に引き続きNo.8「とある海賊王の気まぐれ」について考えていきます。物語は「あたし」が家族を失った土地を一人離れ、小さな船を漕ぎ大海原へと旅立つところから始まります。まず焦点を当てたいのがこの「あたし」がかつて住んでいた故郷についてです。彼女の故郷について紐解く記述は次の3箇所です。



あたしは家族を失った土地を捨て
ひとり海へ

帰り血浴びた奴らが食料抱え戻ってきた
仲間になれたと思ってたのに 泣きながら
操舵室に駆け込み舵取り船を走らせた 岩壁に向け

義手の冷たい手のひらがあたしの頬を叩いていた
「生きるための犠牲だ」
でもそれは不公平だ 弱い者いじめだと言うと



まず彼女はこの故郷で親愛の家族を失っています。そして海賊団の一人として働き始め、ある日彼らが他の海賊船を襲撃し命を賭してまで食糧を奪って帰ってきます。すると彼女は彼らを仲間だと思うことを止め岸壁へと舵を向けました。彼らの行為は「不公平だ、弱い者いじめだ」と言い放って。これは少し少女の行動が過剰のような気が自分はしました。それを根拠にこれが「家族を失った」少女の伏線回収なのではないかと自分は考えました。惑星の終わりがもたらした「不公平」を少女は一身に受け、そして大切な家族を失いました。その咎は誰に責められるものでもありません。ですから彼女は「公平」を求めて大海原へと旅立ったわけです。海賊というものがどんな職業なのか、少女にだって知識はあったでしょう。しかし少女は海賊団への入隊を決意したのは何故なのか。「不公平」の象徴だったのではないのか。いいえ、少なくとも少女が出会ったその時の海賊にそれを感じる事はなかったのでしょう。何故なら、海賊たちはどこの人間とも知れない「あたし」を咄嗟な決意であったはずの入隊を許可したのですから。



嫌だ! あんな忌まわしい場所など二度と帰るもんか
ここで働かせてくれませんでしょうか!



彼ら海賊達には彼女の求める「公平さ」が確かに存在しました。ですから少女は思ったんです。この人たちは私の知っている海賊ではない…ただ海賊を名乗って恰好をつけているだけの、本当は優しい人。終わりを迎えるこの世界でただ仲間と団結を欲した集団であったのだと。だからこそ「公平さ」を持ち私の入隊を許可してくれたのだと彼らの愛情を少女は一身に受けました。忌わしい故郷で失ってしまった大切な家族に代わるその愛を。



海賊なんて名乗って格好だけつけてる優しい人
あたしもよく可愛がられた



狂った世界で手を取り合うことを知った彼ら

この物語が「終わりの惑星のLoveSong」として伝えた大きな枠組みは「手を取り合うこと」でした。これまでに描かれた7つの物語はすべて愛する互いの男女が手を取り合うことが大枠として描かれてきましたが、この「とある海賊王の気まぐれ」では「海賊」という大きな団体として手を取り合うことが大きく描かれています。その対比として最初少女が呪われた故郷から脱した際の一艘の船と海賊団の乗る船とが挙げられます。



一艘の船を勝手に借りて漕ぎだした
波が荒れ 死ぬかと思った

海賊船はどんな波にも負けない 揺るがない



少女はこの終わりを迎える惑星での生き方を知りました。一人では波が少し荒れただけでも死ぬような思いをしなくてはならなかったけれども、仲間たちとなら海賊団であるならどんな波が来ても揺るぎはしませんでした。この終わりの世界…いいえ終わりを迎える以前のその世界でだって、誰もが助けを求め、互いを支え合う「仲間」というものが存在していたはずです。そんな「当たり前」までもこの惑星の終わりは彼ら人類から奪い去っていきました。自らの生命だけを考え明日を生き、その次の日には生き絶えてしまうかもしれない過酷な現実が常にその目の前に立ちはだかります。しかし自らと同じ夢を打ち砕く惑星がもたらした「不公平」を打破すべくどこまでも「公平」を求める彼らとなら生きていけると、そう彼女は思ったのでしょう。


協力する彼らの中に生まれた別の生き方



でも奴らは船を見つけると
容赦なく襲い始めたんだ



物語はこのフレーズから一変します。少女が信じた「理想の彼ら」が打ち砕かれた瞬間でした。この海の世界における海賊というのは彼らだけのことではありません。今日を生きようと他の海賊を襲う明確な「敵」が存在しました。我々が生きるこの惑星と大きく異なり、綺麗事だけでは生きていけない世界になってしまったからこそこの惑星を「終わりの惑星」と呼ぶのでしょう。彼ら海賊たちは明日を生きるための食糧を強奪するため他人の船を襲撃します。明日を生きる自らの命を得るために、自らの命を賭して。その帰り血を浴びた「仲間」を見て、少女はひどく嘆きました。何故なら、彼ら海賊はどこまでも「公平」を求める「仲間」ではなかったのですから。



仲間になれたと思ってたのに 泣きながら



この一連の少女とその「仲間」である海賊を取り巻く流れは今の現代社会においても言える事です。自分達の傍にいる知り合いを全員「友達」と大きな枠組みで取り囲みますが、その種類はまた大きく分かれるでしょう。趣味で繋がる「仲間」、部活で繋がる「仲間」、会社で繋がる「仲間」といった感じに。そしてそのカテゴライズされた「仲間」の枠組みの中でも派閥は存在します。部活で繋がった「仲間」と趣味で対立してしまったり、趣味で繋がった「仲間」と会社で対立してしまったり。この海賊団という枠組みにおいてその曖昧ながらもはっきりとした彼らの「生き方」に対する考え方による派閥と相違が生まれています。どこまでも「公平」を求めるたった一人の少女と、生きるための犠牲を「仕方ない」と一蹴するその墓の海賊団員。


弱さを覆す団結する力

それに気付いた少女が取ったある行動は、ひどく狂った…それこそこれまで語られた物語で決して許されることのなかった重大な禁忌です。同時に麻枝さんがこれまでの作品でずっとずっと大きなテーマとして挙げてきたその禁忌。少女は仲間の海賊諸共、岩壁へと向かい自ら命を絶とうとしました。


操舵室に駆け込み舵取り船を走らせた 岩壁に向け



「ふたりだけのArk」における少年が少女に折れない強さを、その楽観した無垢な生き方を、自らの命を持ってして教えることで食い止めたその行為。「Flower Garden」における少年と少女が明日を懸命に生きるために終わりを迎えるはずの惑星でささやかな夢をその胸に抱くことで食い止めたその行為。麻枝さんはどの物語においても、この過酷な世界で自ら命を絶つ「自殺」を決して許しはしませんでした。彼の描く物語は非常に独創的で、それでいて持った大きな芯となる大きなテーマは揺るいではいません。



本当はぼくのほうがたくさんのことを学んだ旅だったかもしれない
夢を抱く無垢な心 わずかな希望でも信じる思い 折れない強さ

いつかきみは話した 本物の花を見てみたいと珍しく

きみをどうにかして外に連れ出せたらな
そしてふたりで歩けたらそれだけでもういい



しかしその行為は海賊王である船長から力でもって阻止されました。鋼の義手で頬を叩き、彼らの海賊行為を肯定します。「生きるための犠牲」なのだと。彼らの死の上に我々の生が成り立っているのだと。かつての死刑執行人達が紡いだその物語における「見せしめ」の死とひどく類似した世界を見出しました。彼ら「見せしめ」の死があってこそ、民衆達は非難する対象を持ち続け、あの世界でかろうじて理性を持ち合わせる事が出来ました。



義手の冷たい手のひらがあたしの頬を叩いていた
「生きるための犠牲だ」



少女は海賊王の言葉を否定しました。「でもそれは不公平だ 弱い者いじめだ」と。彼女が忌わしい故郷から求めたどこまでも続く「公平さ」が彼らからは欠如していました。彼らの行うその海賊行為は唯の弱い者いじめに過ぎないのだと、真っ向から彼らの生き方を否定しました。それはこの世界であろうと決して間違いではないのでしょう。彼らの海賊行為を強く肯定することはできませんが、完全に否定することだって出来ません。彼らの海賊行為を否定したなら、それはこの海で飢え死にしろと言っているも同然なのですから。すると押し黙った海賊王は、彼女に見せつけました。彼の痛々しいその体を。



「じゃあこれでどうだ」と服を脱ぎ捨てた



海賊王として堂々としていたはずの彼の体の半分はぼろぼろの鉄で出来ていました。王としての貫録はその痛々しい鉄の体を覆い隠すことで今まで成り立ってきたものだったのでしょう。そして彼は彼女のために言葉を紡ぎます。



その体の半分はぼろぼろの鉄で出来てた
「俺も弱い者だ



海賊の王として君臨する彼とて弱者でありました。彼一人でこの船を動かすことはできないのだし、大きな他の海賊船から食糧を奪うこともできないのですから。彼は「王」としての称号を持っているからこそ強者としてそこに居座ることが出来ました。その「王」の称号は「海賊」という団体が存在しなければそもそも存在しません。ですから彼一個人は一人の人間に過ぎないのだと、弱者に過ぎないのだと、言っているわけです。もちろん彼の体の半分はぼろぼろの鉄で出来ており、その個人の能力としては他の団員よりもむしろ劣っているのかもしれません。海賊の誰もが、広く言えば人間の誰もがこの世界では弱者として存在します。しかし弱者同士が手を取り合い「仲間」を形成し、団結し合えたなら、この滅びゆく惑星でも強く生きていきていくことができるんです。しかし前述の通り、形成したその「仲間」同士にあっても派閥や対立、意見の相違は存在します。恐らくこの海賊王も海賊達のその行為に強く肯定出来ずに居たのでしょう。しかし、そこで表れたのが厨房係の少女でした。彼女は忌わしい故郷で知ったこの惑星の「不平等」に対してすべてを否定しました。その揺るぎない否定が、彼にとって非常に心地の良いものだったのかもしれません。そしてその真っ直ぐ生きようとする瞳に彼は愛情を抱いていたのかもしれません。だからこそ、たった一人どこまでもこの世界に「公平」を求めるその少女にだけ、彼は提案を打ち出します。



なあこれからはひとりでやってこうと思うんだが
 この様だ…連れが必要だ
 ちょうどいい おまえがついてきてくれないか」



この過酷な現実を抱く惑星での生き方を彼らは知りました。それは弱者が互いに手を取り合い、「仲間」を求め合うこと。そしてその「仲間」であっても必ず個々の意見の相違が存在するということ。そのすべてを知った彼らは「同じ公平さを求める仲間」として手を取り合うことを考えました。その想いが愛へと移っていくのは、彼らの乗った小さめの船の進みと同様本当にゆっくりと、なのでしょう。しかしながら、彼らの船は強大な海賊船よりもより強固な力を持っています。彼らの正しさを一身に持ち、彼らが愛を育む優しさに満ちた箱舟なのですから。彼らはいつかどこまでも「公平な世界」を求めて沖へと進んでいきます。いつ見れるとも知れない朝の光へと。


ふたりを乗せた小さめの船がゆっくり沖へと進んでく
朝の光へと



表題「とある海賊王の気まぐれ」を最後に考える

以上で「とある海賊王の気まぐれ」の考察は終了です。個々の物語の繋がりをこの辺に来てひしひしと感じてきているのではないでしょうか。麻枝さんがどの物語でも必ずと言っていいほど挙げる「自殺の全否定」をこの物語では少しだけ垣間見る事が出来ましたね。それはもちろん挙げた「ふたりだけのArk」においても「Flower Garden」においても伏線を張っていたつもりです。「夢」を「幻」へと変えてしまう惑星の宿命を知っていてもなお抱かずにはいられない夢、それが皮肉にも彼らの生きる糧と成り得る醜い惑星。「終わりの惑星のLoveSong」はこの終わりの惑星という舞台が非常に興味深い部分です。それを語るのは個々13の物語を語り終えたその時に。この海賊王と食事係の少女を巡る物語は、すべてがすべて偶然の賜物でした。もし彼女が漂流しなかったら、もし海賊団員が彼女の入隊を許さなかったら、忌わしい故郷における想いを胸に帰り血を浴びた団員を見て悲観の意を表さなかったら、彼女の揺るぎない否定に海賊王が心を揺れ動かさなかったら…この物語は成就し得ませんでした。彼が彼女と生きる道を選んだのもやはり偶然。もしかしたらずっと海賊として他の団員と暮らし惑星で絶えていたのかもしれません。しかし彼が彼女を選んだのは「気まぐれ」でしかなかったのでしょう。しかしそんな彼の「気まぐれ」がこの荒れ果てた惑星でも果てしない、しかし愛に溢れた優しさを彼らが育む機会を得る事が出来たのは確かです。今回の表題は『「とある海賊王の気まぐれ」に始まった支え合う彼らの恋路』としました。次回は「雪の降らない星」です。ご意見・ご感想はお気軽にどうぞ。

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【2012/05/27 20:52】 | 終わりの惑星のLoveSong
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brycespeed
どうもbrycespeedです。コメント遅くなってすいません。
とある海賊王の気まぐれ、考察お疲れ様でした!

海賊王はやはり、最後が意見が割れるところですよね。


自分は海賊王とあたしによる「緩やかな自殺」だと考えています。
そもそも2人で海賊としてやっていくのは無理がありますし…
トラック2,7,9と同様のこと(今を幸せにして、未来を諦めた)を二人でしたとのかなと。

ただ、「朝の光」は悲しいワードではないと考えています。
一応、自分的には朝=明日=来世という意味で捉えて、来世への希望だと思っています。
他の曲でいうと「蒼の夢」のラストの方「春の日差し」という言葉に置き換えられるのではないでしょうか?

文章が下手で申し訳ないです。
それでは、また次も期待してます!

P.S  この曲の戦闘シーン2分39秒辺りに叫んでる声が某ヒゲのおっさんにしか聞こえないのですが、せれーでさんは如何ですか…?




せれーで
brycespeedさんへ

コメントありがとうございます!!海賊王はアルバム全体の曲の1つである役割?という繋がりが一番見出せない曲ですね。独立した曲なイメージが強いです。

二人での旅立ちがたとえ緩やかであったとしても「自殺」では決してないと自分は思います。自ら命を絶つその行為は麻枝さんがすべての作品を通して貫いているポリシーのようなものだと捉えていますから。ですが確かに彼らがこのまま惑星の終わりまで生きていられたかというと疑問ではあります。そうですね。brycespeedさんのおっしゃる通り惑星の破滅に関係なく今を幸せに過ごす非常に前向きな彼らの共通した生き方に由来するものなのだと思います。

語弊があったのならすいません。自分は「朝の光」へと向かうことを後ろ向きな意味合いで書いたつもりはありませんでした。自ら命を絶たず愛する二人で過ごすその時間は見えるとも分からない「朝の光」へと向かうその過程が永遠であるかのような表現であると捉えています。来世への希望…確かにそれはおもしろい考えですね。「今」を精一杯生きようとする彼らの生き方にも少なからず合致します。この海賊王の世界で日というものが照らされていたのかが分からないんですよね。「きみのairplain」では太陽が地を照らしているということはないようですが、果たして同一の惑星での物語と考えていいのか。

え!?ぼ、某ヒゲのおじさんというのは赤い帽子をかぶった彼、でしょうか...この声は女の人の声なのかなぁ....と思っていたのでおっさんの声....ですかね(;^ω^)?? ちなみに自分は緑の彼派です。


brycespeed
再度、brycespeedです。

>「朝の光」へと向かうその過程が永遠

単純な言葉で申し訳ないですが、すごく良いと思います。雪の降らない星の2人もそんな世界を目指してたのではないでしょうか?


それと、補足させて頂きたかったのが麻枝さんの死生観についてです。

丁度よい考察対象になりそうなものが

・Angel Beats! 13話Cパート
・human
・沙耶ルートED
・Shine Days
・蒼の夢

の5つが顕著だと思われます。
つまり、人間は転生し、再び人間として生まれる(可能性が高い)。
ただし、その場所は別の星であるかもしれない。

そして、今回の海賊王と同じような部分を探しますと、

「さあ走り抜けろ 昨日と今日 まだ見ぬ未来へとGo!!」-Shine Daysサビより

の部分ではないかと思われます。

この部分を上手く捉えるためには
昨日…生前の世界
今日…死後の世界
未来…転生後の世界
とこんな当てはめ方が良いと思います。
ちなみに昨日を前世、明日を未来とする考え方は平安時代か、それより前からあるそうですよ。

と、終わりの惑星からだいぶ逸れてしまいましたが、
麻枝さんの過去の楽曲からアイデアを引っ張って来る、というのも新たな発見があって非常に面白いですよ!


それでは、長文失礼致しました。





せれーで
brycespeedさんへ

コメントありがとうございます!!返信が遅れてすいませんでした。実は麻枝さんの死生観については楽曲すべてを考察しきってから最後に惑星の考察と共におこなうつもりでした…(; ・`д・´)あくまで今回の「とある海賊王の気まぐれ」においては少し触れておく程度、という感じでご容赦ください(;^ω^)個人的にはAngel Beats!作品におけるテーマと楽曲の歌詞について触れる予定だったのですが前作のLoveSongから引っ張ってくるのもおもしろいですね…考えておきたいです。出来るだけ皆さんが触れたことがある過去作品を引っ張ろうかなーと思ってたので。

転生…についてなんですが、この「惑星」が滅んでしまった時、果たして転生は叶うのか、というのが重いんですよね。生命はどこに転生するのか。もしかしたらこの舞台はその転生を許さないがための「終わり」なのかもしれないなと少し考えてみちゃったり。もちろん「惑星」自体の「終わり」こそが「始まり」を呼ぶという説も自分の記事で以前取り上げてみたのですが、13曲描き終えたときもう一度考えたいと思います。貴重なご意見ありがとうございました!!

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「終わりの惑星のLoveSong」考察
No.7「Executionerの恋」



荒廃する世界と怨恨を全てを背負った「見せしめ」

大変遅れましたがNo.6「凍る夢」に引き続きNo.7「Executionerの恋」について考えていきたいと思います。まずは従来通りこの物語も「終わりの惑星」で紡がれる個々の一つであることを念頭に入れます。この世界観は見せしめに死刑執行人の登場、中世ヨーロッパを連想させますね。「Killer Song」「無敵のSoldier」における世界と非常に似通った印象です。麻枝さん自身も「Killer Song」と共通した荒廃の意味を持つ楽曲であると提言していました。さてこの物語に登場する「見せしめ」となる少女についての描写ですが、それは冒頭の3フレーズで挙げられています。


彼女は見せしめに吊されていた
僕はそれを撃つだけのお仕事
相当恨みを買ってきたらしい



相当恨みを買っていたらしい少女…その恨みの根幹とは一体何なのでしょうか。恐らく彼女自身に非があったのでしょうがその恨みを買う行為を行わせたものは他でもなくこの「惑星の終わり」なのでしょう。彼女が生まれながらに恨みを買っていたわけではありません。惑星が荒廃する過程で彼女の人生も同じように荒んでしまったのです。それを裏付ける描写は再び捕えられた愛する少女を目の当たりにした死刑執行人が自らの胸の葛藤を記した最後に。


小さな時は勉強も教えてくれた 優しい人



つまり彼女は確かにこの物語で民衆の恨みを買う「見せしめ」として、悪者として描かれてはいますが、すべてが彼女に押し付けられるものではないと考えました。「惑星の終わり」の先導者は彼女一人ではなかったのですから。誰に責められるものでもありません。「無敵のSoldier」における悪党達の生き様を全否定していないことを念頭に入れておけば、この「Executionerの恋」における悪として描かれた「見せしめの少女」についても一方的に責めつける民衆達こそがこの世界で本当に狂った悪の対象として描かれていることにも気づきます。彼女の犯した罪が何なのかは分かりません。しかし彼女自身が責められることを全否定することは誰にも出来ません。終わりの惑星であっても懸命に、そして理性的に生きようとした彼ら民衆こそがこの世界では「正義」なのですから。彼らの倫理は実に原始的で、秩序を既に失っています。もしかしたら、そもそも秩序など以前から存在していなかった世界なのかもしれませんが。


青年の仕事復帰できたワケ


もちろんそんなの僕に関係ない 撃つだけ



あくまで冷徹を貫こうと仕事に徹していた青年は、自らのかつて大切だったはずの優しい心を失いました。「見せしめ」と呼ばれる人々を無感情に撃ち殺すだけの仕事は、もう冷たい彼に苦痛ではなくなっていたのでしょうか。恐らく「見せしめ」というのはこの物語に描かれた少女だけではなかったのでしょう。毎日毎日狂ったこの世界で罪を犯し、そして捕まり、繰り返し罪を犯す者が現れないよう死刑を下し、民衆達に見せつけるんです。彼ら見せしめの死を持って、かろうじてこの世界は均衡を持ち得ました。彼らの死体の上に世界が成り立っているんです。しかし心を閉ざした青年は「見せしめ」の少女を見て捨てた過去を想い出します。


でも昔恋を覚えた人によく似てたんだ



「見せしめ」として吊るされた彼女のロープを断ち切り、彼女と共に深い森へと逃げ込みます。本当に咄嗟の事だったのでしょう。彼はその森で彼女と息をつきます。そしてその夜、彼女の話を聞きました。これまで彼女が犯した罪について。彼はその彼女の話に少なからず同情の姿勢を見せています。これは彼の主観でしかありませんが恋する彼女に対する補正もあったのかもしれませんが、やはり彼女の人生は同情に値する何かがあったのでしょう。それは恐らく「惑星の終わり」が招いた一人の人生の結果として犯罪者として、そして「見せしめ」としての彼女を生んでしまいました。翌日起きるとその場に彼女の姿はありませんでした。青年の金を盗み、どこかへ姿を消します。彼はこの咄嗟に起こしてしまった失態について、冒頭で語っています。「下手を打ったな」と。


やめときゃよかった こんな馬鹿なこと
下手を打ったな



物語が佳境を見せるのは次からですね。不思議なことに彼は再び仕事へと復帰しています。大罪を犯し「見せしめ」の少女を連れ出し、そして逃げ出した彼がどうして。


今日とて銃を撃つだけのお仕事
逃げないよう足かせ付けられ



その答えは次のフレーズに描かれています。まず確認したいのが「逃げないよう足枷を付けられている」のは死刑執行人である青年ですね。仕事には復帰できたのに彼には足枷が架せられているんです。これは彼の「仕事」における上司が彼自身のことをまだ信用していない証拠です。ではどうすれば彼は「仕事」の上司から彼の信頼を取り戻すことが出来るでしょうか。…そうですね。彼も「見せしめ」として罪を償えばいいんです。仕事へと復帰した彼が再び吊るされた「見せしめ」の顔を見て動揺をします。何故なら彼女は、かつて彼自身の手で逃がした少女だったから。


吊るされた奴の顔見て動揺した
かつてこの手で逃がした人だったから



彼がこの死刑執行人としての「仕事」に復帰できたのは「逃がした少女を再び捕える事が出来たから」だと思います。この壇上では確かに相当な恨みを買った少女を「見せしめ」として殺すことにも意義はありますが、執行人である彼が犯した罪を償い、少女のロープを断ち切ったその瞬間得た優しい心を、再び胸の内へと閉じ込めることへと繋げる機会を与えた上層部の思惑があったのではないかと考えるわけです。そして執行人の彼が「見せしめ」であった少女を逃がし共に逃げたことを恐らく民衆達も知っているのでしょう。ですからこの壇上では淡い恋へと走った彼も少女と同様に「見せしめ」だったんです。再び「見せしめ」を逃がす奴が現れないようにと、その小さな彼の背中を誰もが押しました。


民衆の怒声が僕の背中押す



自らを犠牲にしてでも守ろうとした彼女への恋

彼は「見せしめ」として手に持つその銃を構えます。自らの優しさを精一杯覆い隠そうと。この狂った終わりを迎える惑星で持ってはいけない心を得てしまったのですから。彼はかつて一度彼女を逃がしたことを激しく後悔していました。下手を打ったんだと、やめときゃよかったと、馬鹿なことをしたんだと。ですから再び過ちを犯さないでおこうと彼は決心し、銃を構えるんです。


やめときゃよかった こんな馬鹿なこと
下手を打ったな

今度こそ本当に撃つべきと思った でも



しかし、彼の中ではもう決意は固まっていました。苦悩する彼が葛藤の結末に浮かべた表情は…紛れもなく笑顔でした。どこまでも寂しい笑顔。彼は冷徹な彼自身を、再び自らの胸で殺しました。取り戻したその優しさを拭い去ることなど彼には出来ません。惑星が終わる瞬間であっても彼は一人の人間でした。想いやり、そして支え合う家族を夢見た人間の一人だった…それだけだったんです。「見せしめ」として大罪を犯した少女もまた、優しい人間の一人でした。温かな心を持った女性でした。幼い頃、要領の悪い少年に勉強を教えてあげられた、本当に優しい少女だったはずなのに…惑星の終わりは残酷にも彼らから「夢」を奪い、そして「幻」へと変えてしまいます。そんな青年が得た一つの「夢」を、彼は彼自身の命を持って成し遂げようとします。構えた銃口を少しだけ上へと向けて。


やっぱり撃てない 初めて好きになった人だから
小さな時は勉強も教えてくれた 優しい人



民衆は「見せしめ」であった彼らに怒声を浴びせます。少女には犯した大罪に対する怨恨を、そして青年には犯した罪に対する贖罪を求めるその声を。しかし青年はその怒声などもう耳には届いてはいませんでした。彼は人として持つべき大切な優しさを再び取り戻したのですから。彼の主観ではあっても、同情に値する彼女の悲痛な人生を聞いてしまったのですから。終わりを迎える惑星で「見せしめ」として殺されるべき彼女に…恋をしてしまったのですから。自らの破滅をも恐れず、彼は彼女の吊るすロープを撃ち、民衆の怒声をも掻き消す大声で、彼女の背中を押しました。優しさに塗れた、彼女への溢れた想いをその叫びにのせて。



民衆の怒声が僕の背中押す 結局撃ったのは
彼女吊すロープ「ひとりで逃げろ!」と僕は叫んでた



翌日、彼女が「見せしめ」として吊るされていたそのロープに青年が吊るされていました。かつて少女が犯した大罪の怨恨を彼がすべて背負いました。彼女に浴びせられていたはずの怒声は彼の背中へとぶつかります。しかし彼にはそんな怨恨はもう眼中にありませんでした。青年はつらい少女の過去を知っていたのですから。悲痛な人生を聞いてしまっていたのですから。



その夜彼女の話を聞いて眠った
同情しきってた



彼女の口から明かされたその話が真実だったのかどうかは分かりません。しかし少なくとも少女を愛したかつて死刑執行人であった青年にとっては紛れもない真実だったんです。彼女が受けた怨恨はすべて彼女のせいではない。彼女が幼い頃持っていたあの優しい心を奪ったのは、この惑星の破滅であることを青年は悟りました。そして死にゆく彼が最期に思ったことは最後まで愛する彼女の安否、それだけだったんです。死を目の前にした彼の胸には計り知れない恐怖よりも、彼女の今後を心配する愛に満ち溢れていました。



君は今何をしてるかな…



青年の変わらない想いが動かした少女の想い

しかし物語は彼の死を持って幕を閉じるわけではありませんでした。かつて「見せしめ」として吊るされていた少女は自分を助けた死刑執行人だった青年の姿を見ていました。「見せしめ」だった彼女がその体一身に受けていた怨恨が今は彼の背中へと浴びせられています。そんな彼の姿を見て疑問に思ったのでしょう。何故、私を助けたのかと。きっと今の彼女に彼の心情を理解することはできないでしょう。そのきっかけを、駆られた衝動を、招いたこの結果を説明することは、きっと行動を起こした彼自身にも答えられないことなのでしょうから。しかしそんな彼女であってもたった一つ理解し、得たものがありました。それは冷徹であったはずの彼が得たそれと同じ人間であれば誰でも持ち合わせていたはずの「優しい心」。彼の隔てない優しさに触れ、安心したその眠りの中彼女は彼の愛情を一身に感じる事が出来たのでしょう。彼女は吊るされた彼に複雑な感情を持つのと同時に、ある一つの決心が固まっていました。それは繋がれた手錠を胸に両手で持ったナイフが彼らの恋路の結末を物語っています。すべては賢人を集め世界を救おうとした無力な少年が「ぼく」に説かれた一節に。



ある人は死刑する人と助け合ったと



かつて「見せしめ」であったはずの少女は死刑執行人の青年と助け合い、今後を歩んでいくことを決意していました。この物語は彼らの恋路を綴ったものではなく、始まる恋路に至るまでの物語なんです。破滅を迎えるこの惑星で紡がれた一つには死刑執行人とその死刑対象であったはずの「見せしめ」の少女、相反する彼らの破滅をも恐れるその強靭で、それでいて大切な優しさを秘めた恋路が語られていました。自らを犠牲にしてでも愛する者を守りたい。愛する少女の幸運を最期まで願った彼は、その少女と共に歩むことを許されました。惑星が終わりを迎える、その瞬間まで。しかし恐れる事はありません。彼らの恋は、惑星の終わりを迎える時失うはずだった命をも賭すことができる恐れを知らぬ愛だったのですから。



やっぱり撃てない 初めて好きになった人だから



表題「Executionerの恋」を最後に考える

以上で「Executionerの恋」の考察は終了です。前回の考察から間を空けてしまいすいませんでした。自らの破滅をも恐れぬ恋路…これは「終わりの惑星」だからこそ描くことが出来るテーマだなと思いました。破滅を迎えるのは恐らくこの物語が紡がれ、そう遠くない未来なのだと思います。彼らが愛を育むことができるのはその破滅を迎える瞬間までなんです。しかし、彼らは恋路に至るこの物語で一度自ら互いの命を賭しました。自らを犠牲にしてでも守りたい最愛の人を、こんな荒廃した惑星であっても見つける事が出来たんです。それは彼らが失ってしまった「優しさ」と強く結び付きました。惑星が終わりを迎えるのと同様に人々の心までも荒廃してしまうこの世界で彼らはきっと異端なんだと思います。しかし異端であってもそれが人として正しい姿なのだと、麻枝さんのこれまでの物語でもずっと貫いて描かれてきています。ですから今回も決して彼らの選択が間違ったものではなかったのだと、そう信じたいと思います。表題は歌詞同様、状況説明に徹してしまってはいますが『自らの破滅をも恐れず互いの命を賭した「Executionerの恋」』としました。次回は「とある海賊王の気まぐれ」です。ご意見・ご感想はお気軽にどうぞ。


【2012/05/19 00:28】 | 終わりの惑星のLoveSong
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brycespeed
こんばんは。brycespeedです。

更新の頻度はこれだけ、情報の詰まった長文ですから当然の時間だと思いますよ。

今回はせれーでさんと自分の考え方の大枠が殆ど同じなので特にコメントすることが無かったり…しますが、どうしましょうかw
嬉しい状況ではあるのですが、書く事が…
なんだか、すいません。
そんな訳でコメントが短くなってしまいましたが、ご了承ください。

次回も楽しみに待ってます!!


P.S この文章のソースを教えて頂けませんか?

>麻枝さん自身も「Killer Song」と共通した荒廃の意味を持つ楽曲であると提言していました。




せれーで
brycespeedさんへ

コメントありがとうございます!!これからもまったりではありますが更新は最後まで貫くつもりなのでそう言って頂けて嬉しいです。

共感していただける部分が多いようで嬉しいです!!読んで下さっただけでも十分ですよ。こうやってどんなものでもコメントしただけたらもっと嬉しいです。次回も頑張ります!!

文章についてはリスアニ!Vol.9の麻枝さんのインタビュー記事で「Executionerの恋」が挙げられた文章を引用しておきます。自分はこのインタビューを読んでそう表現したつもりです。


>>「KillerSong」のような世界観と同じで、犯罪者を見せしめに殺すような、この世界観のシーンのひとつです。


brycespeed
返信ありがとうございます!

自分も持ってる雑誌でしたが、忘れてしまっていたようです。もう一回読み直さなければ…

とにかく情報ありがとうございました!!

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凍る夢


「終わりの惑星のLoveSong」考察
No.6「凍る夢」



「終わりの惑星」における物語であることを念頭に入れる

No.5「無敵のSoldier」に引き続きNo.6「凍る夢」について考えていきます。この曲はアルバム唯一のポエットリーディング曲であり、アルバムの中で最も物語としての特性が際立っていますね。日常を「あたし」から綴られる日記を垣間見る事で徐々にその日常が崩れ、そして凍っていく様を描いています。これは「終わりの世界から」における「桜散る現代」を思い出させますが恐らく別物です。それはこの「凍る夢」における最後のフレーズで分かります。



次目覚めると、ヘッドセットマイクを付けた女性があたしを見下ろしこう告げた
バグが発生しました、と



さてでは恒例となっておりますがこの物語が「終わりの惑星」における物語であることを念頭に入れておきましょう。この彼女が暮らす世界は彼女の記憶喪失の咄嗟の嘘がバグを生み、そのバグの結果彼女は「夢」から目覚めます。そしてヘッドセットマイクを付けた女性が見下ろしていました。これらから連想できるのはこの彼女が日記を綴り続けた日常は仮想現実ではないか、ということです。かつて自分はこの惑星が終わりを迎える事に際して人類が脱する術を二つ推察しました。一つは「ふたりだけのArk」における人々が宇宙へと飛び立つ船を作ることで惑星の外で脱し惑星の終わりの時から目を背けること。もう一つは「Flower Garden」における人々が外界における悪い塵から逃れるため宇宙に飛び立つ「夢」と比較しより現実的な地下へと逃げ込み、外の空気に触れないよう生活をし終わりを迎えようとしている惑星で精一杯生き続ける事こと。そしてこの「凍る夢」における人々は恐らく後者「Flower Garden」における彼らと同様地下で暮らすことを考えていたのではないでしょうか。「ふたりだけのArk」における彼らが宇宙へと発ち新たな居住惑星を見つけたなら仮想現実での生活をする必要はありません。そして地下施設で暮らす彼らは確かに野蛮な生活を送っていましたが、同時にこれまで外界で進んだ科学と知恵を持ち得ました。その理性を持ってして彼らは野性的な生活とは対照的に理性的な生活を求め、地下都市とは別に新たな現実を作り出した。それが仮想現実です。彼らは滅びゆく惑星を目の前にし、その現実からさらに目を背け「夢」を永遠に見続ける事を考えたんです。


日付の間違いに起因する「ドッペルゲンガー」の出現

この物語の軸である「もう一人の彼女」の出現は一体何に起因しているのか、それを考えます。以下「もう一人の彼女」を「ドッペルゲンガー」と称します。それは恐らくこの日記の日付の間違いです。4月と6月は30日までしかありません。正直…この暦の間違いに初見で気づいた方ってどれくらいいるんでしょうか。自分は最初気づけませんでした。それぐらい間違えやすいものなんですよね。ですから彼女が日記を綴る際に間違ってしまってもしょうがないことだと思うんです。しかしその間違いが彼女が好きだった彼に吐いた「記憶喪失の嘘」と同じ月に起こってしまったことが、実はこの世界のバグに起因しています。



4月14日
ホームルームの後、そういや、と彼に振り返られる
名前なんだっけ?何中?  
あたしは名前だけ答えて、
何中かは思い出せない、と答えた
もちろん彼は不思議そうな顔をした
それ以前の記憶がないから、と付け足した
明らかに彼の見る目が変わった
作戦、大成功

4月31日
今日は日曜
彼はあたしの記憶を思い出させるべく、
この町を親切に案内してくれた
なにか思い出せない?と訊かれるが、
あたしは首を横に振る
もちろんぜんぶ知ってる場所なのだけど

5月9日
毎日付け続けている日記を見て、不可解に陥る
昨日も彼と町を歩いたらしい
でもそんな記憶、あたしにはない



この仮想現実世界にバグが発生した境界線は好きな彼の気を引くために記憶喪失の嘘を吐いた4月14日を経て有りもしない4月31日に好きな彼から親切な案内を受け、5月9日にふと毎日綴って来た日記を見て記憶にない彼との町の散策を書いていることに気付き不可解に陥っています。つまりバグが発生したのは少なくとも彼女のドッペルゲンガーが好きな彼と町を歩いていた5月8日以降に原因があるわけです。そしてこの「凍る夢」の歌詞において5月8日以降に何らかの不可解な部分とすれば以下の二つです。

①我々が暮らす現実世界には存在しない「4月31日」の日付を記入したこと
②「記憶喪失のクラスメイトの女性」が「彼」の中で生まれ存在したこと


①については前述のとおりです。彼女は現実に存在しない「4月31日」を表記しこの世界で彼女は「4月31日」を生きたことになりました。そして②の意味は彼が彼女の嘘を信じた、ということです。記憶喪失になったという突拍子もない嘘を彼は彼女の言うとおり鵜呑みにしてしまったんです。しかしこれだけでは実はドッペルゲンガーが生まれる直接の原因にはなり得ません。もう一つ彼女は4月13日に何らかの行動を起こしました。



4月13日
何人かいた中学からの知り合いには、口止めをした
あたしのことを知らないふりをしておいてと



彼女は記憶喪失の振りをする前に中学からの知り合いに振りをすることを口止めしています。「あたしのことを知らないふりをしておいて」と。これも恐らく彼女のドッペルゲンガーを生んだ原因になります。何故なら中学からの知り合いは彼女のことを「記憶喪失のふりをしているクラスメイト」と認識し好きな彼は「記憶喪失のクラスメイト」と認識しているのですから。この世界における「彼女」は「記憶喪失の振りをしている彼女」と「本当に記憶喪失になった彼女」の二人が存在するんです。そして「記憶喪失の振りをしている彼女」は有りもしない4月31日を生きてしまいました。それに対して、彼が嘘を信じたことによって生まれた「記憶喪失になった少女」は4月30日を終え5月1日を生きていたんです。

「少女のドッペルゲンガーが生まれた原因」についてまとめます。彼女のドッペルゲンガーが生まれた原因は以下の三つの要因が考えられます。

①少女が記憶喪失の振りを始め、それを中学からの知り合いは知っていたこと
②少女が吐いた記憶喪失の嘘を好きな彼が信じてしまったこと
③「記憶喪失の振りをした少女」は4月31日を生きたこと


①において「記憶喪失の振りをしている彼女」が生き、②において「本当に記憶喪失になった彼女」が生まれ、③において「記憶喪失の振りをしている彼女」は誤った日付である4月31日を生き、対して「本当に記憶喪失になった彼女」は本当の日付である5月1日を生きたんです。同じ世界に二人同一の人間が生まれた、というのはこの二者(「中学からの知り合い」と「彼」)によって異なる少女の特性(記憶喪失なのは「振り」なのか「本当」なのか)を別々に知っていたために起こった事なんです。


「記憶喪失の振りをした少女」がアイデンティティーを喪失したワケ

ではどうして居場所を失ったのは「記憶喪失の振りをした少女」だったのか、ということ、そしてこの仮想現実世界では一体どちらの少女が本当の「バグ」であったのかを考えます。「居場所を失う」というのを以下「アイデンティティーを失う」と称します。前述の通り二者の少女に対する認識の違いから二人の少女が生きる世界となりました。その内「記憶喪失の振りをした少女」が世界から消えていくような描写が見られます。その原因は恐らく生きていた時間が「正しい」ものだったのか「誤った」ものだったのか、という違いが4月から5月に移る時点で生じていたからです。前述の通り4月31日には暦に存在しません。つまり存在しない時間に「記憶喪失の振りをした少女」は生きていたのですから誤っている偽物つまり「バグ」なんです。正しい日付である5月1日を生きた「本当に記憶喪失の彼女」こそがこの世界では本物なんです。



6月25日
また携帯が鳴る
あたしからだった
邪魔だから消えて!とあたしは叫ぶようにお願いした
すると、あなたの方が偽者なのよ、と返ってきた
偽者って、何?
どうしてこんなおかしなことに巻き込まれるの?
あたしはただ、彼と仲良くなりたかっただけなのに
それだけなのに



「あたし」と「ドッペルゲンガー」が共著した日記として考える

そして世界から本物であると認識された「本当に記憶喪失の彼女」は偽物である「記憶喪失の振りをした彼女」よりも1日だけ先を生きています。何故なら振りをした彼女が4月を生きていたその時間に本当に記憶喪失の彼女は既に5月1日を生きていたのですから。



5月9日
毎日付け続けている日記を見て、不可解に陥る
昨日も彼と町を歩いたらしい
でもそんな記憶、あたしにはない

5月16日
日記を開くと、やはり昨日も彼と町を散策したらしい
そんな気もするが、記憶が曖昧だ…思い出せない…

6月13日
昨日も彼と町を歩いていたそうだ
そんな記憶はない
まるでもう一人のあたしが存在しているようだ



これらには「昨日も」という表記が見られます。これは1日だけ先を生きている「本当に記憶喪失である彼女」が「記憶喪失の振りをしている彼女」よりも先に町を歩いていたからこそ表れる表現です。ですからこれらの日記の部位を書いたのは「記憶喪失の振りをしている彼女」です。前日の出来事が日記につづられているにもかかわらずその出来事を思い出すことが出来ない。それは当然のことです。何故なら記憶喪失の振りをしている彼女はその日町を彼と歩いてはいないのですから。彼と歩いていたのは記憶を本当に失っていたと好きだった彼が認識していた彼女なのです。つまり「本当に記憶を失っている彼女」は「記憶喪失の振りをしている彼女」よりも一日だけ先駆けて物事を行っています。

これらの部位に描かれた「町を歩くこと」は反復的に行われる言わば彼らの時たま行われる日課のようなものなのでしょう。つまり何度行っても彼は不信には思いません。5月8日に「本当に記憶を失っている彼女」が町を彼と歩いた次の日5月9日に再び「彼女」(この場合は「記憶喪失の振りをしている彼女」)と町を歩いても不思議ではありません。しかし「明治神宮への参拝」については二度行うと不信に思われてしまいますよね。ですからこの出来事については「本当に記憶を失っている彼女」「記憶喪失の振りをしている彼女」のいずれか一方の彼女だけが一度だけ行っていると考えられます。ここで提唱しておきたいのが日記は彼女達二人の共著によるものではないのか、ということです。この説は日記中に現れる「らしい」という表記が強く裏付けられています。



6月4日
明日はお寺に行こうと彼が提案した
記憶が戻る祈願をしようと
小さな時から行き飽きていた場所
でも彼となら行こうと思った

6月6日
昨日の日記を読む
彼と明治神宮に行ったらしい
そこでおみくじを引き、彼は大吉、あたしは大凶を引いた
彼の提案で交換したようだが、その行為に果たして意味はあるのか?



これは6月4日の日記を「本当に記憶を失った彼女」が書き6月6日の日記を「記憶喪失の振りをしている彼女」が書いたものです。もし6月4日の日記を「記憶喪失の振りをしている彼女」が書いたなら「記憶喪失の振りをしている彼女」は6月5日に明治神宮へと行きますよね。そして6月6日の日記をどちらかの彼女が書きますが6月6日の内容は「行ったらしい」と非常に伝聞の意が強いものになっており、6月5日に明治神宮へと行った彼女とは別の彼女が書くことが必要になるわけです。。つまり別の彼女とは「本当に記憶喪失になっている彼女」です。しかし「本当に記憶喪失になっている彼女」は「記憶喪失の振りをしている彼女」よりも1日先を生きているためそれなら6月6日に「も」行ったことになるんです。それは前述の通り明治神宮への参拝は毎日行く日課的なものでない以上2度明治神宮へと参拝に行くことは非常に不自然です。この6月5日における明治神宮への参拝はあくまで1回きりでなければならないわけです。となると1日先駆けて生きている「本当に記憶喪失になっている彼女」がその1回の参拝へと向かうのがより自然であると考えます。この事前に彼による提案と約束を持ち且つ一度きりでなければ不信に思われてしまう出来事である「明治神宮への参拝」によって「日記共著説」がはっきりとその形を表します。


記憶喪失の振りをする少女を偽物と決めつける世界の意志



5月31日
放課後、まだなにも思い出せない?と彼に尋ねられる
うん、とだけ答えておく

6月10日
携帯が鳴った
番号は非通知
なぜか出る気になる
出ると相手は、あたしそっくりの声であたしの名を名乗った
相手はあたしに尋ねる
あなたは、誰?

6月20日
昨日は彼とココナッツカレーを食べてご機嫌だったらしい
そんなもの、食べた記憶はない
一体、誰が彼と仲良くしているんだ?

6月24日
知らない女生徒に話しかけられる
うまくいってるみたいね、と不躾に言われる
何のことをこの人は言っているんだ?
分からない
分からない

6月30日
授業とか、上の空
目の前にいる彼に話しかけたい
一体、あなたは誰と遊んでいるの?



反復しておこなわれても不信のない「町の散策」と共著をはっきりと裏付けた前述の「明治神宮への参拝」以外の出来事である5月31日、6月10日、20日、24日、30日についてはその出来事の前後関係を描いているわけでなく、どちらの彼女が書いた日記なのは推し量ることはできません。しかしここで敢えて6月24日の出来事について取り上げて考えてみます。



6月24日
知らない女生徒に話しかけられる
うまくいってるみたいね、と不躾に言われる
何のことをこの人は言っているんだ?
分からない
分からない



実は6月24日はLiSAの誕生日であり自分の誕生日の翌日だから…とかそういう理由で取り上げているわけでは決してありません。この24日の出来事は彼女の知り得ない女生徒から「うまくいってるみたいね」と言われる、というものです。この「うまくいってる」とは何を指すのか。恐らくこれは日記の最初に書かれていた4月13日のことを指すのではないかと考えました。



4月13日
何人かいた中学からの知り合いには、口止めをした
あたしのことを知らないふりをしておいてと



「うまくいってる」というのは恐らく彼女と彼の恋路についての詳細を語っているものです。入学式で一目惚れした彼と積極的に交流を求めるその様が彼女達には「うまくいってる」様に見えたのでしょう。しかしここで考えて欲しいのは、つまり見知らぬ女生徒は「彼女が記憶喪失の振りをしていることを知っている」ということです。彼女が記憶喪失の振りをし口止めしたのは一体誰だったのでしょう。そうです歌詞にある通り「中学からの知り合い」だけです。もしかしたらその知り合い達が高校へ入って出来た友達に口止されたその約束を破って話してしまったのかもしれません。その真実を知っている一人が彼女に話しかけた女生徒です。もしそうなら彼女が「見知らない」のも無理はありません。しかし「うまくいってる」と聞けばさすがに彼女が彼との恋路を指していることに気付きはしないのでしょうか。それなのに彼女は見知らぬ女生徒の「うまくいってるみたいね」の意味を自問自答を繰り返し二度も「分からない」と胸の内にその答えを出しました。これだけを読み取るならこの6月24日の出来事を「本当に記憶を失った彼女」であるとも言えますが、果たして本当にそうでしょうか。自分は、話しかけてきた見知らぬ女生徒は非常に気さくに少女に話しかけたその様子はこれまでの彼女との付き合い長さを感じ取りました。例えば仮に彼女が認識し得ず「見知らぬ」と形容した彼女が記憶を失った少女の中学からの知り合いだった場合に、彼女が女生徒を知らないと認識したのは「本当に知らない」わけではなく「忘れてしまった」ということです。

ではどうして中学からの付き合いがあった知り合いを忘れてしまったのか。それはこの世界で「記憶喪失の振りをしている彼女」がこの仮想現実世界では「本当に記憶を失っている彼女」に対する偽物であり世界のバグであるからです。世界は「記憶喪失の振りをしている彼女」をバグだと認識し、正しい彼女へと戻そうとします。つまり記憶喪失の振りをしている彼女」の記憶を本当に抹消して本物の「本当に記憶を失っている彼女」へと正そうとしているということです。世界の意志が、彼女の記憶を次々と消していきます。世界の意志は偽物である彼女をこの世界から排除しようとします。ただ彼と仲良くなりたかっただけの彼女はその唯一つの願いを叶えるために大切な記憶を犠牲にしました。彼女の意志とは相反する形で。



6月25日
また携帯が鳴る
あたしからだった
邪魔だから消えて!とあたしは叫ぶようにお願いした
すると、あなたの方が偽者なのよ、と返ってきた
偽者って、何?
どうしてこんなおかしなことに巻き込まれるの?
あたしはただ、彼と仲良くなりたかっただけなのに
それだけなのに




世界の限界と彼女達の統合

偽物とされる「記憶喪失の振りをする彼女」と本物とされる「本当に記憶を失っている彼女」が併存するこの世界で再び彼女は間違いを犯しました。有りはしない6月31日を歩もうとしたんです。



6月31日
帰ってくると玄関に出てきた母が青ざめた顔で言った
あなた、今夕飯食べてるじゃない、と
もう帰る場所もなくなった
あたしは家を飛び出した



この6月31日の前後関係を考えてもこの日記を綴った彼女がどちらなのかは分かりませんが、恐らくこれは「本当に記憶を失っている彼女」です。「本当に記憶を失っている彼女」は「記憶喪失の振りをする彼女」のドッペルゲンガーなのですから同じような間違いを犯すことは何ら不思議ではありません。6月31日を綴ったのが「本当に記憶を失っている彼女」であれば「記憶喪失の振りをする彼女」はその1日前である6月30日に生きています。しかし6月31日と6月30日はどちらも次の日は7月1日なんですね。「記憶喪失の振りをする彼女」が4月31日を生き「本当に記憶を失っている彼女」が1日先駆け5月1日を生き世界が崩れた時とは逆です。つまりここで4月31日と5月1日を境界としてずれた二人の時間が重なります。ですからこの日だけは彼女達が二人同時に存在することが可能なわけです。ですからいつもはいなかったはずのもう一人が夕飯を先に食べていたんです。家を飛び出した彼女はその胸の内を日記に綴るのと同様に歌詞へと伝えます。



すべて記憶喪失の嘘から始まった
全部あれのせいだ
あんな嘘、つかなければ良かったんだ
あたし自身が、みんなの中から失われていく
嘘をついてごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい



日付を間違えてしまうことは誰にでもあることだと自分は思います。しかし一度犯した過ちを二度と繰り返すことはありませんでした。彼女はあるはずのないことが書かれた不可解な日記を念入りに見て確認し、気付いたはずです。4月31日は存在しないと。そして同様に6月にも31日は存在しはしないのだと。しかしドッペルゲンガーであったはずの「本当に記憶を失っている彼女」は5月1日から生まれており4月31日を表記するという間違いを犯してはいません。ですから一度間違えた「記憶喪失の振りをする彼女」は6月では30日で終わることに気付いており「本当に記憶を失っている彼女」は6月は30日で終わるものだと気付かず日記に記してしまうんです。「記憶喪失の振りをする彼女」はそれがドッペルゲンガーを生んだ要因の一つとまでは気づかなくても、日付の誤りに気付きそれを意識的に頭に記憶したことは伺えました。

そして6月30日を生きた「記憶喪失の振りをする彼女」と有るはずのない6月31日を生きた「本当に記憶を失っている彼女」は同時に7月1日を迎え、二人に分離していたはずの彼女「達」がまた一つへと統合されます。そしてこれが、この世界における最大のバグでした。そのバグは彼女の描く仮想世界をも破壊してしまいます。そして終わりを迎える惑星では決して叶わぬ恋の感情を知り、一目惚れをした彼と短い時を過ごした彼女の「夢」は凍ってしまいます。覚めた「夢」は叶わぬ「夢」そして「幻」へと形を変えて。



次目覚めると、ヘッドセットマイクを付けた女性があたしを見下ろしこう告げた
バグが発生しました、と。



世界の崩壊と少女の犯した禁忌に類似性を垣間見る

この「凍る夢」における物語は少女の禁忌を発端とし世界を崩壊へと至らしめた「終わりの世界から」における物語に類似性を感じます。麻枝さんのモットーとして恋路におけるズルというのは彼の中で禁忌なのでしょう。しかし「終わりの世界から」における彼女はあの一面灰色の塗れた世界から再び笑顔を取り戻しました。



ある人は忘れた笑顔を取り戻したと



彼女は世界で禁忌を犯したはずなのに、その手にはまだ願った「夢」がありました。そして「夢」は少年との再会という形で笑顔を取り戻し成就を果たしました。ならばこの「凍る夢」における彼女にも「夢」を「幻」として終えない可能性を持ち得ているはずです。それは恐らくこの「凍る夢」から覚める事が出来たこと、なのではないでしょうか。「記憶喪失の振りをする彼女」が6月が30日では終わらず当初誤った通り4月と同様31日まで存在すると思い込んでいたなら、彼女は再びその機会がある時までドッペルゲンガーと表裏を持つ生活を永遠に続けることになったでしょう。もしかしたら日付のズレがズレを呼び、もう修復の利かない重大なバグとなり彼女は「夢」の中でずっと彷徨い続けていたかもしれません。そうならず「夢」から覚める事が出来、再び「夢」を見る機会を得る事が出来ました。再び彼女の思い描く仮想現実へと降り立った時、彼女は胸に誓います。彼に嘘をつかないことを。在りのままの自分を彼に見せるのだと。「凍った夢」で叶わぬ恋を再びこの「夢」で成就させようと。彼女の決意が凍った「夢」に光を照らし、新たな7月1日を彼との恋路という彼女のこの世界で持った「夢」を叶える為の一歩を彼女は再び踏み出します。陽だまりに満ちた彼女の「夢」はもう凍ってなどいませんでした。



4月11日
入学式
いきなり恋をした
決して格好いいひとではないけれど、なんかあたしのツボ



表題「凍る夢」を最後に考える

以上で「凍る夢」の考察は終了です。今までの記事で最も難解で記事がまとまりませんでした。非常に歌詞が巧妙で麻枝さんが良く考えた…というのも頷けます。この物語の舞台が仮想現実であることを裏付けるものとしてヘッドセットマイクを付けた女性以外にも表題が挙げられます。恐らくブックレットの歌詞が途中で切れているため英語訳を読んだ方もいるかと思うんですが、その表題に着目です。「凍る夢」を「Frozen Dream」としていますね。FrozenとはFreezeの過去分詞形でありますから夢は凍らされたもの、そしてFreezeというのはパソコンを扱う我々も頻繁に使いますよね。「パソコンがフリーズした」って。
ブックレットに記載されている歌詞が徐々に薄れていっていたのは、前述した通り世界の意思が世界を正す為に記憶喪失の振りをした彼女の記憶を抹消している過程を物語っているのか、彼らの凍った夢は既に消滅してしまったことを裏付けているのか、それは分かりません。しかし彼女の中にはこの過ちの記憶がなかったことになっているわけではありません。寝ている間に垣間見た「夢」であってもその記憶は残るのです。
よくツイッターでこの日付に誤りがあることに気付いた皆さんが表題を見ておもしろい解釈を持っていたのを見かけたので今回の表題はそれを参考に自らの考察の「夢」について明確化する意味も込めまして『背筋が「凍る夢」から覚めた少女が再び抱く唯一つの温かな夢』としました。次回は「Executionerの恋」です。ご意見・ご感想はお気軽にどうぞ。


【2012/05/10 05:29】 | 終わりの惑星のLoveSong
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brycespeed
こんばんは、brycespeedです。

更新ペース早いですね…
しかもこの文字数ですし、どうやって打たれてるのでしょうか…?
そして考察の正確さが相変わらず素晴らしいです。

今回もこの部分には感嘆させられました。


>しかし6月31日と6月30日はどちらも次の日は7月1日なんですね。


普通に聴いてるだけの人は絶対気づけません。
無論、自分も無理でしたが…


ただ、意外と知られてないのが

4月12日では私は彼の前の席に座っているのですが、
6月30日では私は彼の後ろに座っている。

ということなんですね。
この事実だけでは何ともなりませんが、この曲を完璧に紐解く一つのパーツとして使って頂けるとありがたいです。


ちなみに仮想現実は自分も考えたことなのですが、丁度ソードアート・オンラインに登場するような未来機器(直接神経結合環境システム)を使うと少し説明が楽になるかもしれません。(しかもこの本、麻枝さんも読んでることが分かってます!)


あと英訳に関してなのですが、正直、あまり当てになりません。

終わりの世界からの一節を持ち出しても

I was laughing innocently in the photo.

と写真の中で無邪気に笑ってるのが私になってしまっています…中国語ですとちゃんと主語は「あなた」になっているのですが…
なんとなく違和感のある部分が多く、ニュアンスを正確に表せているのかは微妙なところです。

もちろん、初めての試みということは多大な評価に値すべきですけどね。

それでは、長文失礼致しました!






brycespeed
連投すいません。

席の件ですが、6月30日は疎か、4月14日の嘘をつく前には私と彼の前後関係が変わってましたね。

何故なんでしょう?
ただ単に席替えしたからとかいう理由でなければ良いのですが…(笑)


せれーで
brycespeedさんへ

コメントありがとうございます!!自分は記事を上げる前に先へ先へと書いてますので「無敵のSoldier」について書いてるときには大体作ってました(;^ω^)あんまし連続で投稿しちゃっても一つ一つがすぐ流れちゃう気がして少し間を置いてるんです。

その席が移動している点ですがこれは「ずっと彼女が彼の後ろの席だった」のではないのでしょうか。4月12日では彼女が彼の後ろでなければ隣の男子と話していることはずっと見ることができませんよね。ちらっと見るくらいなら出来るとは思いますけども…。「楽しそうだった」という表現を自分は声色で感じたというより彼の表情を見てそう感じたと解釈しました。4月14日で「そういや」と振り返られたということはやはり彼女は彼の後ろの席ですよね。恐らく4月12日で「まさかの席が後ろ」と描かれているのが彼であると思われたのではないかなと思うんですが「まさかの席が後ろ」になったのは彼女だと思います。ですからそもそもの逆転は起こっていないのではないか、と思うんです。

麻枝さんがソードアート・オンラインを読んでいるんですか…!?驚きです。でも自分は読んでいないんですよね…アニメ化まで待とうかと思ってます。ふむふむ実際仮想現実を生む機器は理屈的には可能だということですね。是非確認しておきたいです。情報ありがとうございます!!

英訳…そんなことになってたんですか。他の曲については英訳を読んではいないんですが少し語弊があるんですね。それは知りませんでした…。またもや情報ありがとうございます!!


せれーで
inoさんへ

情報ありがとうございます。しかしながら自分はこの記事の内容を転載したつもりはありませんし、すべて自分の解釈で書いたつもりです。FC2での投稿時間はいくらでも変更できます。自分は記事を投稿時に合わせて修正してますので構想を練り書き始めたのは「無敵のSoldier」の記事とほぼ同期です。ですが内容に一致があり転載したと思われたならごめんなさい。inoさんが先に見つけられた考察を尊重してください。次の考察も頑張ります。


brycespeed
再びすいませんです。

席の逆転の件ですが、挿絵の右下をご覧ください!私が彼に笑いかけてるものと思われます。

前のコメントで訳文はさほど参考にならないと書いてしまいましたが、またちょっと頼ってみると英語、中国語共に

「彼の席は丁度私の後ろ」

と訳すことができます。
といってもミスである可能性も否めませんが(挿絵が一番有力ではあります)

あと、その他麻枝さんが読んでると確定できるライトノベル達です。ブログも大変面白いので、まだ未読のがありましたら是非。

http://key.visualarts.gr.jp/angelbeats/blog/2009/08/post_16.html

それでは、また(o・・o)/~





せれーで
brycespeedさんへ

うーん…確かに英語訳はそうなってますね…。しかしこちらの英語訳はbrycespeedさんの以前のコメントを見て信用がちょっと…麻枝さんに確認を取らず訳を作った可能性が否定できません(´・ω・`)挿絵におけるこのシーンは恐らく5月31日にて彼が「何も思いだせない?」と聞く場面ですよね。席替えって1ヶ月周期じゃ…ないです(;^ω^)?← 4月12日では自分の返信で記した通り楽しげに話す彼の表情を読み取っていることから彼は彼女の前の席、13日では振り返っている仕草から同様に彼は彼女の前の席、5月31日はbrycespeedさんが挙げた席替えがおこなわれ席が変更された(この5月31日における描写が挿絵右下)、と考えるのが妥当かと思いました。

まさかのソースはAB!開発日記!?そうだったんですか…自分もこれ当初追ってたはずなんですけども…brycespeedさん良く覚えてましたね。麻枝さんの私生活を思いだす意味でもっかい読むのもありかとふと思いました← コメントありがとうございます!!

こんにt(ry
K-Nakamura
こんにちは。
K-Nakamuraと申します。
今回ブログを拝見させて頂いたのですが、実に驚きました。
そう言うのも私自身この「終わりの惑星のLove Song」の考察ブログを書いているのですが、「凍る夢」に関する考察がせれわっちさんの考察とほぼ瓜二つだったんです。
同じような解釈の持ち主の方に出会うことが出来て嬉しい反面、戸惑いを隠せません。

次回の考察も楽しみにしています。


せれーで
K-Nakamuraさんへ

こんにちは初めまして!!URL見る限り↑の人が言ってたブログさんですか?そうでしたらこのような不祥事すいませんでした。自分はこういうことを言われないよう一通り全曲の見通しをあらかじめ練って他の方の解釈をあまり見ないようにはしていたんですが、実際そうなってしまったようで申し訳ないです。自分より先に投稿されていたならそれはK-Nakamuraさんの立派な解釈だと思います。


風見岸
どうも、風見岸です

実に素晴らしかったです、立派な推理小説を読破した気分でした。正直自分はこの曲を普通に聞いてただけなので、まあ、「恋をした少女が記憶喪失の振りをして彼の気を惹こうと思ったらまさか自分のドッペルゲンガーみたいなものが現れ自分の居場所が段々取られてしまった」という大方の物語の筋以外何一つ分からなかった……

ついでですが

4月12日
驚き
まさか席が後ろ

4月14日
ホームルームの後、そういや、と彼に振り返られる

6月30日
授業とか、上の空
目の前にいる彼に話しかけたい
一体、あなたは誰と遊んでいるの?

どう見ても彼女はずっと彼の後ろに座ってたんじゃないか……

実際この曲を始めて聞いたときまず気づいたのはイラストの間違いでした……なぜかこういうどうでもいいところに鋭い自分が悲しい……4月31日なんて重大なバグを全然気づいてないし……


のえる
こんにちは
今回の考察もすばらしかったです!!
仮想現実という設定は薄々感じてましたが
ドッペルゲンガーが生まれた理由までは
分からなかったです
31日に気づくことは全然出来ませんでしたwww

自分も席はずっと彼の後ろだったんじゃないか
と思います

次の考察も楽しみです!!

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無敵のSoldier


「終わりの惑星のLoveSong」考察
No.5「無敵のSoldier」



これまでの物語達との共通点・相違点を見出す

No.4「Flower Garden」に引き続きNo.5「無敵のSoldier」について考えていきます。まずは舞台となる「終わりの惑星」について確認しましょう。この「無敵のSoldier」における歌詞には直接惑星が終わりを迎える事を示唆するものがありませんが登場する人物達がその異様さを如実に物語っています。ヒロインの少女は「悪党」相手の男は「無敵の騎士」剣を売る「店主」。彼らはどれもこの現代には存在しない役柄を担っていますね。彼らの存在自体がこの惑星の終末観を漂わせています。むしろPVでも見られる様なローマ時代に存在した剣奴を見せものとしたコロッセウムやその作りをした柱など、「Killer Song」における舞台が現代から巻き戻る形を考えられたのとは少し逆でここは元から「過去」であるかのような印象です。しかしながらその崩壊した風景や彼らの役柄を考えるに惑星が終わりへと向かっているとしても何ら不思議ではありません。


無敵のソルジャーの倫理観から見た「悪党」

すべての楽曲で同様なことが言えましたが歌詞はあくまでLoveSongを綴る側の視点でした。ですから今回で言うと相手役の男の心情はすべて推察するしかありません。彼のこの終末した世界で持つ倫理観とは、抱いた感情とは一体何だったのか、それを読み取っていきます。無敵のソルジャーについては状況が説明されています。歌詞からは相当なつわものであったことが伺えますね。まさに負けを知らないというのはこのことでしょう。彼はどうやら賊を壊滅させることを目的としているようですが、その賊の生き方自体をどう考えているのでしょう。次の歌詞を手掛かりに考えます。



うろたえた兄貴は 逃走しようとしたけど
後ろから問答無用 死体からお宝を回収



この歌詞における「お宝」とは何を指すのか。恐らく少女と騎士が初めて会った時兄貴に理不尽に殴られ奪われた金袋の事ですね。それを騎士は「回収」しました。つまり悪党のお宝を奪取したわけではなくあくまで少女が盗られた金袋を取り返しただけなんです。



この袋金の音 じゃっじゃっ
俺に寄こせと兄貴が かっか
理不尽に殴られる がっがっ

そんな最低の暮らしで行き場もない
前にあなたは現れた



悪党である彼らは恐らく他にもたくさんの財宝を隠し持っていたのでしょう。しかし彼はそれらには手を付けず少女に返す分だけを「回収」しました。このアクションからも分かる通り無敵の騎士は悪党に対しての強い憎悪を持ち、彼らと同じ道を歩まないプライドを持ち合わせています。もしも自らの生計のため悪党達から盗んだお宝までも「回収」したなら、彼ら悪党を非難することはできません。誰かから盗んだもので生きてきた悪党達と何ら変わらないのですから。
しかしそんな無敵のSoldierに対して麻枝准自身はこの「悪党」の生き方について全否定はしていないと思うんです。
それを歌詞にきっちりと表現しているな、と思いましたので次のフレーズです。



店主が鼻息荒く見せつける剣を盗もうとした



この表現では店主というのが悪役には見えてこないでしょうか。正式に売買を成立させようとしているこの世界では数少ない真っ当に生きようとする正統者だと思います。しかし「鼻息荒く見せつける」という表現によって悪党である少女よりも「悪役」に見えます。正義の反対はもう一つの正義だととある偉人は仰いましたが、まさにその表現が的確です。つまり麻枝自身も悪党の人間の生き方を全否定しているということは決してないんです。この「無敵のSoldier」では悪党を完全な悪として表現されていないことを前提に考察をしていきます。


父性も似た無敵のソルジャーが抱く少女への愛おしさ

自分は前作のLoveSongに固執し過ぎていたな、と思いました。この「無敵のSoldier」ではそのことが裏目に出てしまった方も多いかもしれません。まず無敵のソルジャーが抱いていた少女への感情について流れを考えましょう。



そんな最低の暮らしで行き場もない
前にあなたは現れた

「怪我はないかい もう大丈夫 ひとりでも」
「おうちに帰れるかい」

「この僕と決闘しろ 道は自分で切り開け」



この3つのフレーズにおいて無敵のソルジャーが少女に対して抱いた感情が垣間見れるかと思います。理不尽な人生を幼いながらに送っている少女への同情、そしてか弱い一人の娘のような存在として見る愛、最後に一人の戦士として立ち向かう弟子への愛。これら3つが併存して初めて「無敵のソルジャーが少女へ抱く感情」として成り立つのだと思います。どれ1つ欠くことはできないでしょう。もうお気づきでしょうか。「終わりの惑星のLoveSong」において描かれるこの愛というのは「男女間に抱く恋慕の感情」だけを指すのではないのです。父が娘に対して抱くこの感情も紛れもなくLoveSongとして描かれるべき主題と成り得るのです。しかしこれらはあくまで無敵のソルジャーが少女に対して抱いている感情です。では少女が無敵のソルジャーに対して抱いている感情は何なのか…これこそが前作でも従来描かれてきた恋慕の感情ではないでしょうか。「ふたりだけのArk」において語ったLoveSongを綴るのは麻枝さんでありながらにして物語としての構造を持つ今作では「ぼく」であったことと同様にこの「無敵のSoldier」の歌詞を綴っているのは紛れもなく悪党である少女自身なのです。彼女は決闘を終えた後の胸の内を歌詞の最後に綴っていましたね。それこそがその恋慕を垣間見る瞬間でした。悪党を憎む無敵の騎士として彼に出会うのではなく、今の「あたし」を愛してくれる彼との別の形の出会いを切に願いました。



もっと違う形で出会えてたらよかったのかな



これはとても歪な形をしたLoveSongとしてこのアルバムに収録されています。愛する男として無敵の騎士を見た悪党の少女、悪党の少女を血を分けない娘として見た無敵の騎士。彼らのすれ違う愛おしいと思う気持ちは言葉では表せないすれ違いを生んでいました。


それぞれが正しいことをして生きるということ

「無敵のSoldier」の物語は少女が剣を盗む場面から急展開を見せます。これまでの話を経て、そして前述の倫理観を基に、剣を盗んだ少女が一体無敵のソルジャーにどのように映ったのかを考えていきます。これは無敵のソルジャーはこの場面に至るまでに少女に対して様々な感情を持ったのと同様に様々な理由が複雑に渦巻いています。考え方は先程の倫理観において少女の剣を盗んだという行動について「少女の反逆」と捉え、同時に「少女の成長」と捉える事です。

無敵のソルジャーは少女を自分の倫理に反する反逆者であると考えます。無敵のソルジャーは悪党の生き方を全否定していないでも強い否定を見せています。目を付けた賊は壊滅させてしまうほどなのですから。そのため少女に決闘を申し込むのです。しかし無敵のソルジャーは利き腕を使わず意図的にこの決闘において負けます。それは恐らくこのフレーズに伏線があるのでしょう。



同じもの見て 長い時間過ごした



今まで少女と無敵のソルジャーは長い間一緒に過ごしてきました。その密な時間は間奏における穏やかなPVと尺の長さにおいて表現されていますね。ですから自らの倫理を犯す悪党の少女を許すことができない半面、少女に死んでほしくない愛おしいと思う感情が芽生えていました。そのため決闘に意図的に敗れるのです。もしかしたらこの無敵のソルジャーは少女が悪党の一人であることには気づいていたのかもしれません。そして旅を通して悪党であることを改進して、一人の少女として生きて欲しいと願っていたのかもしれません。しかし盗みを犯しソルジャーの倫理に反した少女に無敵のソルジャーは気づかされたのでしょう。悪党として生きることが彼女の生なのだと。それぞれが正しいことをして生きているのだと。思い出して下さい。少女の生業は悪党なのです。



生業は悪党 じゃんっじゃんっ



そう考えると自らの倫理を押しつけることが間違いだと気付きます。改進をすることが必ずしも少女の人生とってプラスになるかどうかは分からないのです。ですから無敵のソルジャーは決闘の申し出の後、こう付け加えるのです。



「この僕と決闘しろ 道は自分で切り開け」



無敵のソルジャー自身も自らが持つ倫理を決して間違いだとは思っていません。しかし少女の悪党としての生き方も否定することは彼には出来ません。だから決闘するのです。この世界観だから通じる「勝った方が正義」です。「道を自分で切り開く」というのは、これまでの旅路で学んだ無敵のソルジャーの掲げる正義を貫き生き抜くのか、無敵のソルジャーが掲げる正義に反してでも悪党として生きることを選び生きていくのかを少女に選ばせることを指すのだと思います。

ここで再び思い出してほしいのが、少女が無敵の騎士との旅を続けた理由です。彼女が無敵の騎士へと弟子理入りしたのには理由がありましたね。それが次のフレーズです。



その日からあたしは弟子入りをしてついて流離った
すべての技を盗んでまたひとりからやり直そうという計画だった



無敵のソルジャーに助けてもらったことへの恩返し、とかそういう理由では決してありません。少女はいずれソルジャーから一人立ちしやり直すことを前提に弟子となったのです。そして恐らくそのことに無敵のソルジャー自身も気づいていたのでしょう。だからこそ少なからず彼は旅を通して少女に改進を期待していたのです。 (その改進の押しつけが誤りだと自覚したことは前述した通りです) 少女はこれまで無敵と謳われたソルジャーの影に隠れて生きてきました。しかしこの決闘に勝利することで少女は無敵のソルジャーから巣立ちすることを意味します。自覚の後、ソルジャーは少女の人生のため何が出来るのか考えたのでしょう。思いついた答えがその巣立ちを促すことです。血を分けない娘として、一人の戦士として自分の元を発つことが彼女にとっての最善であると思ったのでしょう。自らの死を持って、少女の人生を動かしました。それは父として、師としてとても喜ばしいことです。


「無敵のSoldier」の称号を継承する意味

無敵のソルジャーの死は確かに物語全体として「少女の巣立ち」を意味します。しかしその決闘を観戦していた民衆にとってはどう映るのでしょう。そうです。今までこのソルジャーが持っていた「無敵」の称号を継承することを意味するんです。「無敵」であった騎士を殺してしまったのですから。そして恐らくこの死んでいった無敵のソルジャーであった騎士もそのことは承知の上で殺されたのだと思います。何故それを承知の上で殺されたのか。その根底には彼の父性にも似た愛情が強く結び付きます。彼はこれまでたくさんの悪党たちを壊滅させていきました。その無敵のソルジャーを少女は殺してしまったんですから彼が死んだ今、この少女が「無敵のSoldier」なんです。弟子入りをして技とすべて学んだ彼女は体技的な意味でも「無敵」なのでしょう。そして本当に「無敵」の称号を得た。世間的にもそれを実証されました。そんな「無敵」な彼女に挑もうとする人間はいるでしょうか。否、恐らく皆無でしょう。例え襲撃にあったとしても少女は無敵のソルジャーの技と使えるはずですから立ち向かっていくことができるんです。今まで最低の暮らしをしていた悪党の少女は英雄へと昇華されます。つまりこの「無敵」の称号の継承は死んでいったソルジャーの目に見えない守りのベールとなるのです。

少女は彼の死を持って自らの愚かさを知りました。人を殺すことに躊躇いのなかった彼女がその場で愛する騎士の死を悼みました。



喉をかけ 血しぶき ばっばっ
生きるならこれぐらい ちゃっちゃっ
やらなくちゃね♪

歓声の中 倒れたあなたを見た
利き腕じゃなかった
もっと違う形で出会えてたらよかったのかな



彼女は終わりゆく惑星の最中に人を殺す罪の重みと計り知れない悲しみを知りました。そんな彼女が再び「悪党」として生きていこうと思うでしょうか。かつて愛した騎士の遺志に反してでも彼から受け継いだ技を使って人を殺し、人の上に生きていこうと決意するでしょうか。恐らく彼女は彼の死を持って「悪党」として生きていくことを止めます。愛した騎士が決闘で遺した自らの道を切り開く指針を少女は知りました。そして選んだんです。その選んだ彼女の後の未来は、子供達に笑顔を送ろうとした少年の傍に居た「ぼく」が語ります。



ある時は無敵とされる女戦士に



「ぼく」が見たかつて「悪党」であった少女は「無敵」とされる女戦士として生きていました。愛した騎士の遺志を継ぎ、「無敵の女戦士」として「悪党」を壊滅し続けるのでしょう。愛する彼が憎んだ悪党達を壊滅させるのと同時に、自らの犯した罪の大きさを胸の内へと刻みつけて。

「無敵のSoldier」の不幸

この物語で描かれた「無敵のSoldier」は「悪党」に対して憎しみを抱いていることを前提に進めていきましたが、それはどうしてか。自分はこの無敵の騎士について少女へ寄せた想いが「血を分けない娘に対する親子としての愛」として描かれている点に着目し、物語全体の流れとして彼の素性を考察しました。この「無敵のSoldier」が他の曲に描かれた少年少女と比較して非常に男性として成熟し切っている容貌をしていることからも言えますが、彼には恐らくかつて悪党だった少女ほどの娘が存在したのではないでしょうか。彼は無敵の騎士である以前に父親だったんです。彼は他の悪党との騒動をきっかけに大切な家族を失います。ですから彼は悪党に対して多大な憎悪の念を抱いていたんです。そして流離う途中、あの少女に出会った。するとその少女の面影はどこか、かつて失った娘のそれと重なります。ですから無敵と恐れられた彼は刹那少女に精一杯の優しさで言葉を掛けたんです。



「怪我はないかい もう大丈夫 ひとりでもおうちに帰れるかい」



彼はその時呪ったのでしょう。この惑星の理不尽さと幼い少女との出会いを。無敵の騎士が抱く少女への同情、そして親子愛はこの時の彼の深い心情に由来します。そして同時に想ったのでしょう。「この子だけは、守らなくてはならない…今度こそ」と。彼は出会った時の彼女に対する親子としての愛を胸の内に秘め彼女を一人の弟子として鞭打ちます。無敵の騎士はつらかったでしょう。愛する娘に似た少女に厳しく当たらなくてはならないのですから。しかし彼は知っていました。この世界で「少女」という理由だけで生かされることはない、と。むしろ幼い彼女であるからこそすぐに殺されてしまいます。かつて自分の娘がそうだったように。だからこそ彼女を叱咤します。もしも自分が倒れたときであっても、最期まで生き抜く強さを与えるために。そんな彼女も自分と真剣に向き合ってきてくれました。転がっても、何度でも立ち上がりあの鋭い眼を自分に向けました。

そして少女の悪党としての手癖の悪さを発端とする決闘。彼は剣を振るう彼女と対峙し思い出しました。かつて彼が彼女と旅路を共にする理由。それは彼女を守り抜くことでした。それなのに今、彼女と決闘をしようとしている。その矛盾した自分に何度も問うたのでしょうか。しかし彼の顔には笑顔がありました。少女が…自分の娘が成長したその瞬間を垣間見ることができる。かつて失った娘には叶わなかったそれを知った父親として、師としての彼にそれ以上の幸せがあるのでしょうか。そんな彼女背中にもう一押し…と彼は持っていた剣を利き腕とは逆の手に持ち変えます。彼女が今、自分から巣立ちをしようとしている。そんな彼女を見て嬉しかったでしょう。しかしその反面非常につらかったでしょう。愛する娘に殺されなくてはならないのですから。彼は心までも「無敵」でありました。決闘の最中彼は決して涙を見せなかったんです。見せてしまっては彼女の決意が揺らいでしまうと、憂えたのです、最期のその瞬間まで。彼の不幸は「愛する娘に殺され、対峙してしまったこと」しかしながらそれと相対する形で彼には幸福がありました。それは「失った娘に叶わなかった成長を愛した少女から垣間見ることができたこと、そして父親として娘の巣立ちを一押しできたこと」ではないでしょうか。



あなたはこう告げた
「この僕と決闘しろ 道は自分で切り開け」



表題「無敵のSoldier」を最後に考える

以上で「無敵のSoldier」の考察は終了です。恐らくこのアルバム随一の難解なリズム曲で受け入れられ具合に個人差が見られた曲でしたが自分は非常に気に入っていて、同時に思い入れの強い曲でもあります。このブログに見に来て下さる皆さんのきっかけになったであろうツイートの元はこの曲の一つの考察からでした。今も見に来て下さる皆さんには本当に感謝です。この記事をきっかけにこの「無敵のSoldier」に思い入れを持って下さった方がいらっしゃったならそれほど嬉しいことはないです。
この無敵の騎士を愛した少女の綴ったLoveSongの最後には別の形の出会いを願うフレーズがありました。それはこの死んでいったかつての無敵の騎士についても同様のことが言えるのではないかと思います。彼が願う別の形が何なのかは分かりません。もしかしたら失った実の娘とはまた違った親子としての愛を深めあう関係かもしれませんし、一人の女性として恋をし、そして愛情へと深めあう関係かもしれません。しかし唯一つだけ言えるのは…殺し合うこともない世界で互いが笑い合うことができる優しい関係である、ということです。愛する者が死にゆく果てしない悲しみを、この二人は最愛の者を失う形で既に知っているのですから。



もっと違う形で出会えてたらよかったのかな



以前の「無敵のSoldier」についての記事の表題を憶えていますでしょうか…そうですね『「無敵のSoldier」が遺した愛おしいと想う気持ち』でした。この表題における「無敵のSoldier」とはかつて無敵の騎士と謳われた男性の方を指しました。しかし今回の表題は、今も「無敵」の称号を胸に悪党を討伐し続ける少女のために考えました。彼女は愛する騎士を自らの手で殺し、初めて人の死の重みを実感し得ました。そしてその彼から学んだすべてを…人の死に向きあう悲しみ、この腕に剣を握り最期まで生き抜くその強さ、そして彼のかつて抱いた「無敵」の称号と見えない彼の守りのベールを背に、自らの正義を貫く彼女を謳い『愛した騎士への悼みを背に自らの正義を貫く「無敵のSoldier」』としました。次回は「凍る夢」です。ご意見・ご感想はお気軽にどうぞ。

【2012/05/07 23:56】 | 終わりの惑星のLoveSong
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brycespeed
こんばんは。brycespeedです。

初コメより2回目のコメントの方がなんと始めたらよいか分からないのですが…よろしくお願いします。


無敵のSoldier(男)には既に父親という側面があった…新しい見解ですね。

でも筋も通りますし、非の打ち所がありません。
こんな考察が出来るとは…。流石です!

ただ、ひとつだけ気になるとすれば、最後の決闘の時の剣は両手でないと振れない気がします。
少女のはレイピアなので片手でも問題はないのですが、男の方はちょっと微妙な線ですね…

というより、利き腕じゃない左手で戦ってる相手を殺してしまう少女の人間性に問題が出始めてしまったり…

「利き腕じゃなかった」は単純に(少女に剣で)切られていたのが利き腕じゃなかった。ということかもしれません。
物語の大筋には全く影響しないので、些細なことですけどね。


ですが、それにしても、こんな曲を作った麻枝さん、そして歌いきったやなぎなぎさん。
もはや人間技じゃないですね(笑)










風見岸
どうも、風見岸です(おかげさまで復活しました)

せれーでさんの考えは相変わらず面白いです。まあ、無敵のソルジャー(面倒だから以下ソルジャーさんで)が少女に対して抱える感情は父性的なものだと自分も同意します。ですが自分には何故か、彼のとる行動にやや不自然を感じます。

一番のところはやはり少女に決闘を申し込んだことですね。実際何故彼が決闘を申し込みながら利き腕で戦わなかったというまるで自分から命を捨てるような行為をとったのか、正直理解できません。どの道にせよ、命を捨てる必要はないでしょう。

自分の正義か少女自身の悪路か、それを少女に選ばせたかったのだとしたら、少女が悪路を選んだらどうするつもりですか? それともソルジャーさんには必ず少女が自分の正義を選ぶ確信があるのでしょうか? そもそも少女の本質は悪党です、そう簡単に悔い改めるのかな? いくら彼が少女と長い時間を過ごしたとはいえ、さすがに少女の心を完全に洞察しきったことはないでしょうし、だとしたら彼がそう自分の命を捨てる理由は何なんだ? このことで少女が正義を貫いたらまだともかく、悪路を選んだらそれはもはや自分の死は無意味に等しい。

身を持って少女に人の死の重さを感じさせたいのなら、ん……そのわりにあんたはこともなくなんなげと人を切り倒しましたね、まあ、悪人ですけど……

そしてもしソルジャーさんが少女を改進したいのならなおさら死んではいけないでしょう。彼は自分自身の目で少女の悪行を見ていたものだし、その時点で彼の改進はまだまだ未完成と言っていいでしょう。これからまだまだ導く必要がある少女に、自分の命を捧げて教育するなど……ずいぶんと勇気がある行為ですね……まあ、もし彼は自分自身が少女にとってかなりの重みを持つ存在だと自覚があるのだとしたら、彼のその行為に初めて意味があると思います。ですが忘れないでください、少女の本来の目的は技を盗むことです、これはつまりある意味、一番最初で少女はソルジャーさんのことをなんとも思っていません。

もっとも、長い時間を過ごした二人の間に何らか絆が生じたのかもしれませんし、結局のところ少女はかなりの思惑をソルジャーさんへ抱いてたのもまた事実です。が、問題はやはり、ソルジャーさんの考えです。彼の行為はどう考えても少女の物事に対する考え方や価値観などなどをよく知ってる上で初めて成り立つものです。でもさすがにソルジャーさんはそれほど人の心を洞察できる人……とは思っていませんが、或いはそうかもしれません。歌にしてしまったからこそ、物語は不完全なものになってしまったとしか言い様がありません。

実際、この長い時間の中に二人に何があったのかは重要なものだと思いますが、歌の重心は二人の出会いと別れの方にに傾いてしまった……はあ、残念です……

まあ、結局音楽としては最高なのでいいんです。

余談ですが、自分のある友達の中で、この歌はこんな感じになってます。
(ギャルゲー的に)ソルジャーさんはヒロインが店主を切り倒したとこを見ました。
選択肢一、説教(→Good End)
選択肢二、決闘(→Bad End)
選択肢三、抱く(→R-18的な意味でTrue End)

ソルジャーさん、まさかBad Endの方を選んだとは……


せれーで
brycespeedさんへ

コメントありがとうございます!!「利き腕」というのは恐らく剣を両手で持った時下に来る方の手ではないでしょうか。下に置いた手の方が添えているだけの上の手よりも力の負担が大きいですし。彼女は恐らく決闘後彼の倒れたその場でそれに気付いた。PVを見た感じでは彼女の腕に外傷はありませんでしたし…。

この曲はアルバムで最難関曲でしたよね…たぶん。麻枝さんの曲でも屈指です。歌いきったやなぎなぎさんの努力が非常に伺える曲です。殺伐ラジオでは割とランキング下目だったのが残念でしょうがないです(´・ω・`)


せれーで
風見岸さんへ

コメントどうもです。復活して何よりでした(´∀`*)少し長くなるので風見さんのコメントを引用しつつコメントしますね。


>>自分から命を捨てるような行為をとったのか、正直理解できません。どの道にせよ、命を捨てる必要はないでしょう。
>>自分の正義か少女自身の悪路か、それを少女に選ばせたかったのだとしたら、少女が悪路を選んだらどうするつもりですか? それともソルジャーさんには必ず少女が自分の正義を選ぶ確信があるのでしょうか? そもそも少女の本質は悪党です、そう簡単に悔い改めるのかな? いくら彼が少女と長い時間を過ごしたとはいえ、さすがに少女の心を完全に洞察しきったことはないでしょうし、だとしたら彼がそう自分の命を捨てる理由は何なんだ? このことで少女が正義を貫いたらまだともかく、悪路を選んだらそれはもはや自分の死は無意味に等しい。

→命を投げだす事に意味はあったと思います。自分の考えでは彼の父性を軸にその意味を読み取ったつもりでした。まずそもそも彼は改進させることに重きを置いていたわけではありません。旅の当初の目的はもしかしたらそうだったのかもしれませんが、彼女の悪党としての生き方をもこの終わりの惑星では憎しみこそ抱いているものの全否定しているわけではないと思います。彼だってソルジャーとして人を殺めているのですし。彼らの盗む行為を完全否定することは彼にはできません。
この決闘で彼女に巣立ちを促すことを目的としました。何故このタイミングで巣立ちを促すかと言えば、その発端は剣を盗んだ行為です。彼はその時悟りました。彼女の悪党としての生き方だってこの過酷な世界では生きるためには「正しい」ことであると。自らが悪党を殺すことを当然のように「正しい」としているように。ですから彼は死後どちらを選んでも良いと考えていました。むしろ選ぶことに意味を持たせました。どちらも彼にとっては生きる上で人間が取る真っ当な道だと考えていますから。


>>身を持って少女に人の死の重さを感じさせたいのなら、ん……そのわりにあんたはこともなくなんなげと人を切り倒しましたね、まあ、悪人ですけど……
>>ですが忘れないでください、少女の本来の目的は技を盗むことです、これはつまりある意味、一番最初で少女はソルジャーさんのことをなんとも思っていません。

→風見さんは彼女の旅の目的を「技を盗むこと」としていますがそれはあくまで彼らの密な時間を描く以前の話ですよ。密な時間を経た後に彼女の中で無敵のソルジャーが大切な人間の一人だと認識されます。でなければ彼女が彼に「悪党」としての生業に気付かれ決闘し、彼を殺してしまったことを後悔し、別の出会いを求めることなどしないでしょう。彼女の中では無敵のソルジャーが大切な人間へと移り変わっています。前述の通り、大切だと想った彼の犠牲を持って初めて彼女は人の命の重さに気付くんです。


>>彼の行為はどう考えても少女の物事に対する考え方や価値観などなどをよく知ってる上で初めて成り立つものです。でもさすがにソルジャーさんはそれほど人の心を洞察できる人……とは思っていませんが、或いはそうかもしれません。

→自分も無敵のソルジャーはそんなに人の心を察することが出来たとは思いません。だって自分のこの考察では無敵のソルジャーは単に自分のしたいようにしているだけですよ。彼のこの一連の行動は父性を持った彼にとって娘に対する成長の一歩を押す単純な心理が働いているに過ぎません。


>>余談ですが、自分のある友達の中で、この歌はこんな感じになってます。ソルジャーさんはヒロインが店主を切り倒したとこを見ました。ソルジャーさん、まさかBad Endの方を選んだとは……

→彼らの恋路に良し悪しをつけることは自分には出来ません。結果彼女は「無敵」の称号を継ぎこの世界で真っ当に生きているのですし、彼女への諭しがあの暴力上等な世界で通じるのでしょうか。あの世界観を持ってして自分はこの記事を書いたつもりです。彼の死が巣立ちを促し彼女に彼女自身の考える真っ当な道へと導くことが出来たのですから決闘を終えたあの結末がBADENDと一括りにされていいものかは疑問です。3つ目の選択肢は父性を抱いた彼にとって少女を抱くことは想像できませんでした。彼らが望む別の形で叶う形なのかもしれませんが。



ああああ
はじめましてこんにちわ、ああああと申します。

Googleからふらっと立ち寄ってみてこれは面白いなと読ませて頂きました。
ついでにちょこっとだけ感想を書かせて頂きます。

ソルジャーが父性に近いものを抱いていたということは気が付きませんでしたが他は大体同意でした。

ただひとつ、ソルジャーが少女のたった一人の肉親であった兄を殺してしまったということが結構重要ではないかと思います。ソルジャーがあの悪党が少女の兄だったと知っていたのか?というと正直なところ分かりませんが、そのことを知ったのなら、ソルジャーはいずれ少女に殺されるために弟子として同行させ、決闘の時わざと敗北した理由の1つではないでしょうか。


せれーで
ああああさんへ

初めまして!!立ち寄っていただけて光栄です。確かに肉親の兄を殺してしまったことに後気付いていたとしたのなら、それをも決闘で利き腕を使わず自ら負けに向かった要因にも成り得ますね。しかしそれを知るためには同時に少女が「悪党」であることを事前に知る必要があると思いまして、改進を大きな目的とした旅路の場合に考えられます。自分としてはこの無敵のソルジャーがどこまで考えを及ばせ旅を始めたのかが完全には分かりませんのでどうなのか…という感じですね。ご意見ありがとうございます!!もう少し考えてみたいですね。

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Flower Garden


「終わりの惑星のLoveSong」考察
No.4「Flower Garden」



何もかも狂った世界における地下での生活

No.3「Killer Song」に引き続きNo.4「Flower Garden」について考えていきます。是非原曲を聴きながら読んでみて下さい。この「Flower Garden」における物語においても終わりの惑星における物語であることを伺わせる表現があります。まずは舞台である惑星についての歌詞を確認します。



でもきみはあまりに弱くて
外の空気には触れられない

いつかきみは話した 本物の花を見てみたいと珍しく
でもどこの地上にだってそんなものはない 夢のようなもの

ある日大雨が降り続いた
悪い塵も流されたはずと
きみは期待を抱いて地上へと続く長い階段を上ってドアを開け放つ



物語のヒロインである「きみ」と呼ばれた少女はとても体が弱く外界の空気に触れる事は出来ないようです。空気中には悪い塵が拡散し外界での生活を困難にさせました。そこで人類は「ふたりだけのArk」における彼らが宇宙へと発ち惑星を脱しようとしたのは対照的に「地下」へと逃げ込みシェルターでの生活を始めようとしました。外界と表裏を為す「地下」で生活をするという方が惑星が終わりを迎えるこの時では現実的です。たとえ宇宙へと飛び立つことのできるArkが存在したとしても惑星に住む人類を全員乗せる事は出来ないでしょうし、この惑星に代わる新たな居住惑星を探すことだって出来ないでしょうから。悪い塵が徘徊する外界では色鮮やかな花々はすべて枯れ果て、「夢」と化しました。荒れ果てたその外界の空気と灰色に染まった一面の荒野は、惑星に暮らす人々の心までも荒んだものへと変えてしまったかの様です。


艶やかな「きみ」の仕事

物語の少女はこの惑星で何か仕事をしているようです。自分はこの曲を殺伐ニコ生で初めて視聴した時その仕事をビジュアルの美しさから絵のモデルではないかと思いました。しかし実際にはそんな生易しいものではありませんでした。少女は生まれながらに持つその美しさを絵のモデルとして芸術へと捧げていたわけではなく、娼婦としてどこの人間とも知れない野蛮な男達へと捧げていました。この惑星で生きていくために必要な食糧を受け取る代わりに艶やかな笑顔を見せ静かに服を脱ぎます。



でも仕事になると艶やかに笑う
食べ物を受け取ると静かに服を脱いだ



この曲が非常に美しい旋律を奏でるのとは対照的に少女の仕事はこの終わりの惑星において実に現実的でした。現実的な雰囲気の中で語られる少女の仕事は本来、子孫を残す為に男女間で行われる神聖な生殖行為であったはずなのに、この何もかも狂った世界では男達の性欲を満たすためだけに存在します。彼女は娼婦としての仕事をする度に激痛を伴うのでしょう。本来ならばその痛みを愛する者と共に分かち合い、より一層の愛を深める行為として少女の大切な夢として残り得ました。しかし閉鎖された地下での暮らしは野蛮な彼らの衝動をより一層強めてしまいました。性欲を満たす一心で少女の体を弄び、そして粉々に砕き壊します。彼らの性欲を満たすその瞬間あまりにも弱い少女の体が軋む音を、彼女の漏らす激痛への悲鳴をこの幻想的な曲調が掻き消しています。しかし少女はその妖艶な美しさを決して失いはしませんでした。彼らの興味が自分に向いているからこそ、今この瞬間を生きていられるのですから。


無邪気な「夢」を打ち砕き決して叶わぬ「幻」へ

「Flower Garden」における惑星の外界は恐らく「終わりの世界から」における一面灰色の世界と類似した世界なのでしょう。そしてその一面が灰色に塗れた世界は彼女が無邪気に眺める「たくさんの色に満ちた図鑑」が生む世界と皮肉にも色鮮やかなコントラストを生んでいます。



たくさんの色に満ちた図鑑
それを見てる時は少女のよう



仕事では艶やかに笑う少女もこの「たくさんの色に満ちた図鑑」を見ている時は無邪気な少女へと戻るのでしょう。語り手である少年が歌詞でその描写を加えています。また仕事に戻ると少女は自らの美しさをより際立たせるため妖艶な笑顔を作り、酷い痛みをそのあまりにも弱々しい体一身に受け、男達へ快楽を与えます。彼女はこの過酷な世界での現実的な生き方を知っていました。そして選んだのが娼婦としての彼女です。この「Flower Garden」が残酷であるのはその娼婦として働く彼女がまだ非常に幼い容姿をしている点です。少女である彼女はまだ「子供」であり、たくさんの大きな夢をその胸に抱いていたはずです。もしかしたら本当に自分が当初想像していた通り絵のモデルとして自らの美しさを活かしていたかもしれません。手のひらいっぱいにあったはずの夢を少女は「生きるため」とあっさり零してしまいました。しかし、そんな中でも彼女が「少女」としてたった一つ掴んだその夢を愛した少年へと語ります。「本物の花を見てみたい」と。



いつかきみは話した 本物の花を見てみたいと珍しく



現実を知り、生き方を知っていた彼女が「夢」を語るというのは「珍しい」ことでした。しかし少女が抱いたたった一つの夢も決して叶うことはありません。何故なら滅びゆくこの惑星の地上に「そんなものはない」のですから。少女の抱いたその「夢」は永遠に叶うことのない「幻」となり、一握の砂のように手のひらから零れ落ちてしまいました。



でもどこの地上にだってそんなものはない 夢のようなもの



終わりを迎える惑星は彼らの「夢」を叶える事を放棄しました。この「flower Garden」における少女が唯一つ願った「本物の花を見る夢」をもその荒廃する外界の風景を見せつける事で粉々に砕きます。それは語り手である少年の抱く夢についても同様です。彼は何もかもが狂った世界でも見つけた、たった一つの綺麗な「きみ」を外へと連れ出しふたりで歩くことを夢見てきましたが、黒い塵が拡がった地表の空気に触れる事が決してできない脆い体を持つ少女の肉体がそんな淡い夢を「幻」へと変えてしまいます。脆いその体を蝕むのは紛れもなく惑星が迎える「終わり」そのものです。



きみをどうにかして外に連れ出せたらな
そしてふたりで歩けたらそれだけでもういい

でもきみはあまりに弱くて
外の空気には触れられない



叶わぬ「夢」を少女が、そして愛する少年が抱き続ける意味

そんな叶わぬ夢を抱くことに何の意味があるのか…そう思うでしょうか。しかしもし彼らが夢を抱くことすら放棄したなら、この今にも滅びようとしている惑星で「生きていくこと」をも放棄していたでしょう。無数にあるその夢からたった一つを選んだ少女と少年は子供ながらに「夢」を胸の内に秘めていたからこそこの惑星でここまで生きてこれたのです。少女は娼婦として自らのあまりにも弱い体を痛みで蝕んででも、少年は愛する少女が野蛮な男達に犯され蹂躙されながらも歯を食い縛って黙り現実にぶち当たってでも、決して自ら命を絶つ事をしませんでした。「夢」を壊す終わりの惑星に対して懸命に「夢」を抱き続けた彼らは本当に強く、逞しい姿をしていました。脆かったはずの少女の体は快楽を求める彼らに与えられる痛みを耐え抜く強さを得ました。幼いながらに持ち得た少年の強さは惑星の意志よりも強く強固なものとなりました。

現代を生きる我々からしてみれば、少女の抱いた夢は本当に些細なものでしょう。我々が少し外に出て辺りを見渡しただけで本物の花は見つかり、その夢は叶ってしまうのですから。しかし我々がそんな少女の夢を決して嘲笑うことなど出来ません。決してしてはなりません。彼らの持ち得た大きな夢を…せめて我々だけは踏みにじってはなりません。彼女が抱いたこの夢は終わりの惑星での過酷な仕事を続ける現実でたった一つ見つける事が出来た、いつか、いつかと見れる時まで生きる糧と成り得た大きな意味を持つ「夢」なのですから。

それはもちろん少女だけではありません。少年だってこの滅びゆく世界で夢を抱く大切さを知っていました。ある日この世界に大雨が降り続き、その雨で少女は思ったんです。「悪い塵も流されたはず」と。そして自らの持ち続けた大きな夢を期待へと変え、地上へと続く長い階段を上り地上へと出るドアを開け放ちます。



ある日大雨が降り続いた
悪い塵も流されたはずと
きみは期待を抱いて地上へと続く長い階段を上ってドアを開け放つ



しかしこの程度の大雨で悪い塵が流されることはありませんでした。必死に止める少年の言葉を背に少女はドアを開け放ち、そしてその場に倒れてしまいます。彼女の肉体はあまりにも弱く、男達に快楽を与えると同時に激痛が蝕みつつありました。そんな悪い塵に毒された彼女の体をすぐに抱き上げベッドへと連れていきます。きっと抱きかかえた彼女の体は怖いほどに軽く、その蝕んだ痛みの強さが彼の手に感じる重さとは対照的に実感できたのでしょう。



止めようとした そんなことで世界は元に戻りはしない

きみは倒れてしまう 僕はすぐに抱き上げベッドまで連れていった



ベッド眠る彼女はやはり美しく、無邪気でありながら艶やかな笑顔をしていました。そしてこれが本来の彼女の笑顔なのだと少年は初めて知ったのでしょう。そして少年は安堵しました。何故ならもうこれ以上、見知らぬ男達に愛する少女が犯されることはないのですから。彼女が目覚めるまでこの優しい寝顔は彼のものなのです。少年は決して悲観などしていません。何故なら少年には「夢」があったから。何もかもが狂っていたこの世界でもたった一つ、綺麗な彼女を見つける事が出来ました。そして出会ったその日から、彼の胸には大きな大きな「夢」がありました。我々にとっては些細な夢とも言えないそれは…終わりの惑星における彼が抱いた、彼の唯一の生きる糧でした。 



きみをどうにかして外に連れ出せたらな
そしてふたりで歩けたらそれだけでもういい



ベッドで眠る少女と造花を作り祈る少年のその後

少年は眠り続ける少女の寝顔を眺め続け、いつか自分の夢を叶える日が来ることを夢見て祈り続けます。愛する彼女が夢見た「Flower Garden」を作り続けながら。再び目を開けてまたその無邪気な笑顔を浮かべてくれることを願って。彼女を囲むのは本当に色鮮やかな世界。それはまるで、たくさんの色に満ちた図鑑のよう。しかしそれらは決して少女が夢見た「本物の花」ではありません。彼が作っているのはあくまで造花でした。彼女が夢見た本物の花の模造品でしかありません。しかし少年は何かせずにはいられなかったのでしょう。少女が眠り続けてしまっては彼女の「夢」も彼の「夢」も本当に「夢」のまま惑星は終わり「幻」と化すのですから。本来抱いていた「夢」を叶えるための「夢」を持ったわけです。少女と二人で花畑を歩くこと、その夢を叶えるためには少女が目覚めることが必要です。その「夢」のための「夢」に向けて少年は自分が出来ることをします。それが造花を作ることです。造花を作ること自体に意味があるのかどうかは分かりません。しかし抱いた夢に向かって何かをしていないとこの惑星では生きてはいけないんです。人々の生きる目的こそが「夢」なのですから。終わりを迎えようとするこの惑星で、いるのかどうかも分からない誰かに向かって発された、悲痛な彼の願いを綴ってこの歌詞を終えています。



眠ってるきみのそばで祈り続ける 造花を作りながら

一面の花畑できみは今も眠る
神様もし居るのならどうか目覚めさせて



そしてこの後、少女が目を覚ましたのかどうかは分かりません。しかし造花を作り祈る少年が、長年少女が抱き続けてきた夢を叶えたことを裏付ける歌詞がありました。それは何千万キロと歩き旅を続ける少年が「ぼく」に説かれた一節に。



ある人はほんとの花を咲かせてみたと



表題「Flower Garden」を最後に考える

以上で「Flower Garden」の考察は終了です。この「Flower Garden」も麻枝さんの従来ファンを惹きつける様な曲調で非常に気に入っています。この考察のためにと聴き込みリピート回数が軽く3桁を超えているのは秘密にしておきますね。

表題となる「Flower Garden」というのはこの物語に登場する少年少女が描いた夢の終着点のような気がしました。少女が描いた夢は「本物の花を見ること」少年が描いた夢は「地上の花畑でふたりで歩くこと」つまりどちらの夢を叶えた後であっても「Flower Garden」が確かに存在することになります。そして歌詞で綴られた通り彼らの抱いてきた夢はこの狂った世界における彼らの生きていく糧の成り得ました。この世界で強固な惑星の滅びゆく意志とは対立した形で。ですから今回の表題を『夢を砕く惑星に対し夢を抱き続けた彼らの理想郷「Flower Garden」』としました。

この「Flower Garden」における物語の後日談が語られた「Heroの条件」からも分かる通り、造花に溢れたその花畑に一輪の「ほんとの花」が咲きました。「ほんとの花」が咲いたということは、少なくともこの終わりの惑星における地下都市では綺麗な花が咲くような環境を持ち得たのだと…そう信じたいです。そしていつかは、かつて娼婦であった少女が唯の「少女」として無邪気に少年と夢を語り合うことを願います。それこそ自分が最初思い描いたような、芸術を探求し絵の道を志す少年とその絵のモデルとなる美しい少女の姿…そんな光景を見てみたいなと考察を書いていて思いました。まどろみを誘うようなこの甘いメロディーに相応しい優しい彼らのLoveSongとしてこのアルバムの華になることを祈りながら。次回は「無敵のSoldier」です。ご意見・ご感想はお気軽にどうぞ。


【2012/05/04 00:54】 | 終わりの惑星のLoveSong
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風見岸
どうも風見岸の代弁者です、風見さんはただいま「Flower Garden」のあまりにも残酷な歌詞によって死亡しております、「Flower Garden」のインストを流して何とか復活させますので、その間までに私が風見さんの感想を伝えることになりますので、ご了承してください。(冗談、そもそも「Flower Garden」のインストなんか持ってないし……)

……なぜか知らんか、この曲の内容について本能的に感想を言いたくありません。美しいメロディに対してなんという残酷な歌詞、ショックです。オフィシャルサイトでイラストが公開された時はもうなんとなくヒロインが娼婦という職業じゃないかと常々思っていましたが、それでも誰かがこの考えと砕けてくれると願っていました……でもやはり幻想破滅……今や心の弱い風見さんが「Flower Garden」を聞く時は脳内で最初の四節の歌詞を自動的にカットしております。(←典型的に現実と向き合えない人間です)

というわけで、他のコメントは控えさせていただきます、何故なら今風見さんの脳内では「Flower Garden」はもはや別の違う物語に成りつつあります、真面目にコメントしたらまともな会話に成り立たないので。(←ある意味楽観的な人? いや、現実逃避です)

意味のないコメント(怨念?)をしてごめんなさい……このアルバムの世界観に加えて娼婦という設定はさすがに致命的だったので……


せれーで
風見岸…さんの代弁者さんへ

どうも初めまして(!?)風見さんのご容体は大丈夫でしょうか。「Flower Garden」の歌詞は彼女の仕事からもはっきりと残酷さを醸し出してますね。麻枝さんはキッズ向けに作った…というのははっきりとした表現でその心を揺さぶろうって魂胆なんですかね(;^ω^)

この「仕事」が娼婦というのは麻枝さんご本人が提言なさったことなんです実は。そうですねww最初に四節が「きみ」の仕事について探る手掛かりとなりますから逆に言えば風見さんが一番心抉られてしまうフレーズ…ということですね(;´Д`)

怨念wwwこれ怨念なんです!?終わりの惑星においてはこんな過酷も起こり得る…ということですね。風見さんによろしくお伝えください←


のえる(keyRockAB)
こんにちは
今までの記事のコメントはせれーでさん
を邪魔しちゃうかなと思い控えてたのですが、
とても深い考察に感動しました!!

自分もこの曲アルバムの中で一番好きな曲です
メロディがキレイでシンプルな曲調だけど、どこか
儚さを感じるようなとてもだーまえらしさを感じます

歌詞は残酷ですよね・・・
生きるためとはいえまだ少女なのに
考察のような職業だとは曲を聴き分かってましたが、せれーでさんの考察みて理解が深まりました
次も楽しみにしています!!


せれーで
のえるさんへ

初めまして(!?)冗談ですw名前が変わったことはブログで存じてました(´∀`*)邪魔だなんてとんでもない…!!読んで下さる上にコメントして頂けるのならどんなコメントであっても嬉しいですよ!!感動して頂けて嬉しいです。ありがとです。

「Flower Garden」すっごく曲調の割に歌詞がハードですよね…そのギャップがたまりません。まだ幼い少女がこの職業??…ってところが本当に残酷です。理解が深めてもらえたようでなによりです。次回は「無敵のSoldier」になる予定…なので是非またいらしてください(´∀`*)

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Killer Song


「終わりの惑星のLoveSong」考察
No.3「Killer Song」



倫理の狂った荒廃する世界

No.2「ふたりだけのArk」に引き続きNo.3「Killer Song」について考えていきたいと思います。この曲はアルバムの企画が始まって最初に公開された曲でアルバムの曲での印象としては「なつかしい」といった感じではないでしょうか。語り尽くされている様であまり語られていない彼らの奇跡について考えを深めてみたいと思います。まずはこの物語「Killer Song」においても世界の荒廃する様子が描かれていますね。歌詞で確認しましょう。



気づいてた いつかあたしもきみのため
誰かを殺める日が来るってこと
生きていくためなら当たり前のこと

季節は狂ったままで秋のあと夏がきた
誰もが水を探し求めた

時は流れひとつの伝説がまことしやかに囁かれた
難攻不落の城があるが不可解



まず人を殺める事が生きていくには当然だと考えられている世界であり、季節が狂い秋が過ぎると夏が来る世界であり、城を築くような現代から見れば考えられないような世界ですね。そして城を築く…という要素が先進した未来を感じさせません。この事については「無敵のSoldier」と類似点として、そして「Heroの条件」に描かれた物語として自分の考えがありますので詳しくは「Heroの条件」における考察でお話します。一つ言えるのはこの「Killer Song」が描かれた時代背景が必ずしも「終わりの世界から」における「桜散る現代」を生きる我々から見て遠い遥か未来ではないということです。


違和感ある仲間意識

自分はこの「Killer Song」における登場人物の関係が非常に独特だと感じました。まずは少女と青年、そしてその他の同胞についての関係です。彼らには恐らく「頭」のような存在がいるのでしょう。その頭の先導するままに放浪する旅を続けます。そしてそんな過酷な旅であるからこそ食糧は平等に分け合うべきなわけです。そして食糧を余分に持って行く同胞とかつて呼ばれた「敵」は殺されて至極当然なわけなんですね。



食料を余分に持って逃げたやつはさて誰と
殺されてしまう人の名を告げた



この小さな旅の集団にも既に小さな絶対王政が確立しているんです。頭呼ばれるその者が集団の王であると誰が決めたわけでもない決まりが既に出来てしまっている。この「Killer Song」における世界では砂漠化したその風景だけでなく、彼らの心までもが砂漠のように乾き凍りついた刃のような印象を受けました。しかし我々に暴虐な頭を責めることなど出来ません。頭がいなければそもそも食糧を平等に与えられるという「法」すら作られはしないのですから。頭を持たない彼らは無法のまま、見つけたままに食糧を奪い合いを始めんです。ですから無意識に創られたこの小さな絶対王政を責める事は出来ません。それはこの「惑星の終わり」を導いた彼ら人類に課せられた罰なのですから。
再び頭が暴挙に出るのは物語の中盤。唯一「真実」を見る事が出来た青年の首を締めるフレーズです。「君」にしか見えない水脈を教えろと青年の生死をかけて脅しにかけます。



きみにだけ見える水脈
教えろと首を絞めた



この狂った世界であっても「真実」が見える青年というのは大変存在が稀なものだったはずなのに、その青年の生死をも問わず首を絞めるんです。彼の目は盲目であることをいいことに。何故青年は首を絞められる前に水脈の場所を教えなかったのか。さすがに聞く前から首を絞めてきた…ということはないでしょう。一度頭が聞いたが教えなかった。だから首を絞めて脅した…という流れが妥当です。その理由は次のフレーズに描かれていますね。



でもそれは遠い孤児院の井戸に続く



恐らく青年と少女はこの遠い孤児院の出身なのでしょう。それを裏付けるのはPVにおける二人の少年と少女の面影が今の「Killer Song」における少女と青年にひどく類似している点です。恐らく「きみ」は少女との思い出の詰まった孤児院を荒らされてしまうことを恐れたのでしょう。唯一彼女との思い出を持った場所なのでしょうから。

またここで、この「終わりの惑星のLoveSong」における楽曲はすべてLoveSongであるということを念頭に入れておきましょう。というのも最初この「Killer Song」を聴いたとき恋愛をテーマにした楽曲には思えませんでした。そして少女と青年の関係についての違和感を自分は感じたんです。歌詞の最後に「奇跡を起こす恋」とはっきり明示されてはいますがいまいち流れからその恋に至る過程を想像できなかったんです。しかしこれも「ふたりだけのArk」と同様に考えます。はっきりこのアルバムのコンセプトを麻枝さんが「LoveSong」と定義していることを逆手にとり、そして彼らの友情関係にも危機的状況に由来する仲間意識も似たこの感情は他人がどう考えようと、少女にとってはかけがえのない愛に溢れていたのだと。「ふたりだけのArk」における歌詞を書いたのはあくまで「ぼく」であったことと同様にあくまでのこの「Killer Song」における歌詞を書いたのは「Killer Song」における少女なのですから。


自らを正当化し言い聞かせるのはすべて眼の見えない彼のため

狂った季節の中旅を少女は真実を見る青年が苦しむ姿を見てその時が来たことを悟りました。これまでの旅を共にした同胞達を、目が見えないことをいいことに愛する彼を苦しめる「敵」を殺すことを。それは生きていくためには当たり前のことなんだと自分の胸に言い聞かせて。



気づいてた いつかあたしもきみのため
誰かを殺める日が来るってこと
生きていくためなら当たり前のこと

その時が来たとあたしは悟った



この後のフレーズは非常にシナリオライターとしての麻枝さんが生き生きした描写だと思いました。淡々とした情景描写を語るだけの情景描写の中の情景描写のような感覚。初めての「殺し」に自らの震えた手に感触を残しつつその余韻に浸っているかのような少女。そして同胞が殺されたことを知った彼らは「裏切り者」として少女の足の腱を削ぎ制裁を与えます。



鈍く光る刃物抜いて駆けた 闇が味方した
手応えははっきりあった 手はまだ震えてた

刹那明かりがあたしを照らした 仲間に押さえられた
そして両足の腱を削ぎ落とされてしまった



一度頭から得た戒律はその集団の中で生き続けるんですね。そしてこの戒律を守ることの正当化とは別に、食糧の配分が減ることを同胞は喜んだのでしょう。足の腱を失った這いずる少女はこのまま野垂れ死ぬ運命にあるのですから。這いずるその無様な姿を見て同胞たちは貶し、詰り、踏みにじり、少女はその懸命な姿一身に反吐を受けたのでしょう。しかし少女はそんなことは気にしていませんでした。少女が何故こんな目にあってまで人を殺したのか、想い出して下さい。彼女が人を殺したのは眼の見えない彼のためでした。眼の見える彼女は、首を絞められ苦しむ彼の姿がはっきりと眼に映ります。もし少女と青年の立場が逆であったなら青年は盲目であるがために少女の苦しむ姿から眼を背けることができたのに。きっと少女も同じことを思ったでしょう。呻く彼の声を聞きながら必死に眼を瞑っていたのでしょうか。しかしその現実から眼を背けることは少女には出来ません。眼が見え、歩く目の前に苦しむ青年がはっきりと映るのですから。



教えろと首を絞めた



そして懸命に這い愛する彼の元へ辿りつきます。その場で少女は泣き崩れ青年にあったことを伝えます。人を殺めてしまったということ、両足の腱を削ぎ落されてしまったこと、そして君を連れてこの狂った同胞達から逃げ出すことが出来なくなってしまったことを。彼女が旅路の間ずっとずっと企てて来たこの計画がすべて失敗に終わってしまったんです。少女は悔しかったでしょう。いつかいつか…と誰かを殺める日が来るこの瞬間を待っていたのに。悔しみを涙に変え、彼の優しい膝元を濡らしました。彼の優しい手の温もりをその手に感じて。



手で這ってきみのもとへ
あったことを伝えた
きみを連れて逃げることもできなくなったと



しかし青年は彼女の人を殺めた事実を罪だと否定することは決してありませんでした。この「終わりの惑星」における倫理観は季節同様に狂っています。人を殺める事を当然としてしまうその世界で精悍な眼差しをした青年は彼女に言いました。



ひとり殺ったらふたりも三人も同じと



そして少女は「きみ」を守るという使命を持ち戦士へと変わります。この使命を得たからこそ少女は自らを戦士と名乗ることが出来るんですね。「きみ」が指し示す方向にいるかつて同胞であった「敵」を切り倒し続けます。彼女は青年に諭しを受けたこの時点から彼女は今まで旅路を共にした同胞を「敵」であると明確化します。青年の言うことが彼女にとっては唯一の柱なのでしょう。真実を見る彼の言うことが「正しい」、愛する彼が苦しいのなら彼女も「苦しい」、青年を苦しめた奴らは間違いなく仲間ではなく「敵」なのだと。彼が生きているから少女も生きているんです。「きみ」を守ることこそが彼女の唯一の生きる意味なのですから。



きみを守る それが唯一のあたしの生きる意味



盲目の戦士へと少女を変えた王の真意

「Killer Song」における少女の視点で物語は進行し、登場する相手の青年の心情は一切語られていません。そして今回の青年は本当に意図が読みずらいんです。PVにおいても終始無表情で彼の心情を読み取ることは一切できません。ですから状況説明である歌詞が際立ち公開時に評価が大きく分かれたんだと感じました。状況説明を単に説明だけの単純な歌詞だと捉えるか、その後自らの考えで持って説明に描写を加えるのか。今回は自分の考えで持って麻枝さんの状況説明歌詞に青年の真意と共に描写を加えてみようと思います。

考えたいのは青年はどうしてこんな過酷な状況下から逃げる事をしなかったのか…ということです。そうです毎度のことながら大前提です。彼は確かに盲目ですが「真実」が見える以上逃げる事は十分に可能だったと思います。喉が渇いたなら水脈を、生きる場所が欲しいなら村を、追手が来るなら逃げ道を、人を殺したいのなら殺す機会を…彼の見る「真実」で克服し得る事だと思うんです。彼の見ることが出来る「真実」とは次の未来であったり、目的とする場所は実物の位置であったり、本当に広い意味で「真実」なのでしょう。しかしそれをしなかったのは何故なのか。その理由は恐らく二つあります。一つは青年は「真実」が見えるだけで盲目であったこと。恐らく先程挙げた人を殺す機会であれば確かにその機会を見る事は出来るかもしれませんが、彼が実際に手を下すことはできないんです。盲目で殺す相手がどこにいるかまでは分からないのですから。人が暮らす村を見つけても、その村の人々が村の余所者である盲目な彼にどんな仕打ちをするのか分からないのですから。もう一つは、愛する少女を「少女」のまま連れて逃げる事は出来なかったから、です。もし彼女を連れてこの場から逃げ出したとして二人で生き残ることはできるのでしょうか。自分は確信しています。あのまま逃げ出したとしても絶対に二人で生きていくことはできなかったんです。何故ならここは「終わりを迎える」惑星なのですから。逃げる途中に他の旅人達に襲われてしまえばその場で彼らは朽ちてしまいます。では「真実」を見る彼に歌詞と同じように「指し示し、敵の方向を知らせて」もらえばいい…そう思いますか。



きみが指し示すほうから敵は必ずやってきた
あたしはそれを斬り倒し続けていった



それだけでは駄目なんです。「真実」が見える彼の能力だけでは生きていくことなど不可能なんです。あの場で逃げ出した彼らにはなく、歌詞における彼らにあったものは…紛れもなく「少女の決意」でした。恐らくあの歌詞通りの場面を経なければ、自らの「決意」を胸に人を殺めるその瞬間を経なければ、少女が「その時」が来たと悟り人を殺すことなど決して出来ません。彼女が人を殺せたのは紛れもなく苦しむ彼の姿を眼の前で見ていたからなのです。



その時が来たとあたしは悟った



きっと盲目の青年も、そのことに気付いていた。だからこそ少女の「決意」が固まるその時を待っていたのではないでしょうか。確かに青年があの同胞達を抜け出すことは容易だったのかもしれません。しかし愛する少女を「少女」のまま連れて行って途中で朽ちることを知っていました。何故なら彼は盲目である代わりに「真実」を見通すことが出来たのですから。



きみは眼が見えない代わり真実だけが見える



そしてその時が来た…少女が「その時」が来たことを悟ります。両足の腱を切られ、体を引きずって彼の元へ。その少女の強い「決意」を知った青年はいつにもなく「精悍」だったんですね。長年待った少女の「決意」を知ったからこその眼差しでした。そして彼は彼女の強い「決意」をより凝固なモノへと変えるため、この「終わりの惑星」での「生きるためには当たり前」である倫理を伝えます。



でもきみは精悍な眼差しでこう言った
ひとり殺ったらふたりも三人も同じと



この青年の一言があったからこそ、少女は同胞の虐殺をする決意が固まったんです。それはひとりの「殺人者」として青年のために、生きていくための殺しを行う決意。ここでおもしろいのは、前述しましたが歌詞で少女が今まで旅路を共にした同胞達を「敵」であると認識し表現している点です。この瞬間から彼女にとってはこの狂った世界で「きみ」以外は敵なんです。



きみが指し示すほうから敵は必ずやってきた
あたしはそれを斬り倒し続けていった



そして彼女は今まで人として持っていたはずの倫理を失います。「人を殺めてはならない」と小さな時から教えられてきたその「当たり前」を当たり前の事とはせず、生きていくための「当たり前」が「人を殺めること」と擦り替えられました。これがつまり少女が「戦士」として生まれ変わったことを指します。 



きみはあたしをひとりの戦士に変えてくれた
きみを守る それが唯一のあたしの生きる意味



人を殺すことに躊躇いを失った少女は一人の戦士として青年を守るために生きていくことを決意しました。青年を「守る」…とは、また少女の自らへの甘さが垣間見れますね。「守る」と聞こえの良い表現を使って自らの殺人を正当化しようとしています。確かに彼女が人を殺すことで青年を守ることに繋がります。しかし彼女はその大きな剣を振るう度に終わりの惑星でも必死に生きる人々を殺し、踏み台にしていることを忘れてはいけなかったんです。人を殺すことに対する罪悪感を失った戦士の未来は…「騎士」です。ある時代を生きた無敵の名を欲しいままにした男の面影をどこか映す彼女は人を殺すことに躊躇いなどもう持ってはいません。あるのは愛する「きみ」の眼となる使命と生きる意味だけ。その意味で彼女は既に「盲目」だったんです。彼への愛で、もう眼が見えてはいませんでした。愛は、彼女を盲目にしてしまいました。



時は流れひとつの伝説がまことしやかに囁かれた
難攻不落の城があるが不可解
その城の主は眼が見えず騎士はまともに歩けさえしないと



難攻不落の城の「騎士」はもはや少女としての面影を忘れ、倫理を忘れ、人としてかけがえのないものを失いました。しかしそんな騎士にもたった一つ失わずにいたものがあります。それは難攻不落の城で共に生きる王への愛です。盲目の王は両足の腱を失った騎士の存在がなければ生きていくことはできません。逆に両足の腱を持たない騎士は「真実」を見通す能力を持った王の存在がなければ生きていくことはできません。互いに互いを必要とするこの関係がいずれ互いへの愛に結び付きます。終わりを迎える惑星であっても、こんな偶然を起こす恋はあったのだとまことしやかに囁かれた「難攻不落の王の伝説」を聴いたある人は思いつき、物語の締めにこう言ったのでしょう。



そんな奇跡を起こす恋もある



表題「Killer Song」を最後に考える

以上で「Killer Song」の考察は終了です。最も見て聴いてきたこの「Killer Song」であったはずなのに青年の真意が今一つ掴めないまま発売を迎えてしまい心配でしたが聴きこんでいる内にこの物語もやはり「終わりの惑星のLoveSong」であることを再認識できた…そんな考察でした。彼らは互いが互いを必要としている以上、難攻不落であるその城が落ちる事は彼らの死が訪れるその時まで永遠にないのでしょう。しかしながら惑星が終わりを迎えるその瞬間と、難攻不落の王とその騎士が生きたえるその時、どちらが早いのかは誰も知る術はありません。何故なら「惑星」は終わりを迎え、人類は一人残らず消えてしまった後の話なのですから。
また、この表題が一人の戦士の物語であるはずなのに「Killer Song」となっているのは何故なのかを自分なりに考えました。それは終わりの惑星における彼女の決して人としてやってはならない倫理の放棄が由来するのではないかと思います。例え「戦士」であろうと「騎士」であろうと、人を殺すことで栄誉を得る彼らも麻枝から見れば全員「殺人者」に他ならないのだと思いました。名誉あると思われた称号は人の犯してはならない殺人を自らで正当化しているだけに過ぎないのだと、この「Killer Song」で彼は考えているのではないでしょうか。あくまでこの物語は「終わりの惑星」でのLoveSongであるが故に彼らの殺人という行為が「当たり前」だと「当然」だと思わせているだけに過ぎません。
ですが少女があの場で朽ちて居れば良かった…などとは決して思っていません。少女の強い決意が、青年の少女を想う心があったからこそ、こんな奇跡を起こした恋物語はまことしやかに囁かれて今我々も語り継ぐことが出来るようになったのですから。そんな思いを込めて今回の表題を『盲目の騎士と真実を見通す王の奇跡を謡った「Killer Song」』としました。次回は「Flower Garden」です。ご意見・ご感想はお気軽にどうぞ。


【2012/05/02 17:31】 | 終わりの惑星のLoveSong
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風見岸
どうも、風見岸です

自分としては、「Killer Song」はやはりかなり評価しずらい曲です。何しろこの曲で描かれた世界は我々の暮らす文明社会とはあまりにも違って、遥か原始的な世界です。我々の倫理観や世界観でこの物語を見るわけにはいけないでしょう。

自分が思うに、この狂った世界のルールはただ一つ、弱肉強食です。生きるためには誰かを殺し、その命を踏み台にしなければなりません、「真実」が見える青年にとってはとっくに分かっていることだろうし、少女もそれを微かに悟ってるでしょう。もしもせれーでさんの言うとおりに、青年と少女はあの孤児院で暮らしたことがあるのとしたら、少女の人殺しにためらう心は多分その経歴のせいだと思う。孤児、つまり弱者、守られる方であり、人を殺せるわけもなく、誰かの優しさに守られる一方です、だから彼女は「いつか自分も誰かを殺める日が来る」と分かっていても、初めての殺しに戸惑ったのではないかと。これは青年にも分かってることです、だから青年は少女を「Killer」に変えた、「一人やったら二人も三人も同じ」だと伝えた、生きるために。

少女は「Killer」になった、でも本当に彼女を衝き動かすのは「生きる信念」よりも「きみを守る」ことにある。実際、彼女は盲目かどうか、倫理を失ってるかどうかは、我々現代人の目で評価するのはダメでしょう。正直、我々が真に評価するものは、彼女があんな野蛮な世界でもなお他人を思うことが出来る愛なのです。そんな誰もが自分のために生きようとする世界で、彼女が他人のために生きようするのはとても得難いものなのです、それこそ本当の奇跡と呼ぶものでしょう。歌詞の最後では彼女を「騎士」と呼んだ。騎士道の一つ、それは弱きものを守ることです。彼女は「騎士」だと呼ばれた以上、少なくとも彼女はあの世界での正義を貫き、弱きものを守ることに熱心してるのでしょう。どんな守り方はともあれ、少なくとも彼女は弱きものを守った、そして青年もその守る範囲にあるはず(まあ、青年は少々特別のポジションにあるのは致し方ないことでしょう、それに騎士は主君に仕える忠義も必要)、彼女の信念はその世界の他の者とは違い、少なくとも一般人よりも一層高いと思います。だから自分としては、彼女の殺しを盲目と呼ぶには少し妥当じゃないのではないかと。

最後に自分が思うこの歌の意味ですが、やはり麻枝さんが伝えたいのは「愛とは人の心の中にあるもっと原始的で純粋なもの」じゃないかと。あんな狂った世界でも少女の心の中に愛があった、しかもそれは無駄なものではなく、奇跡をも呼び起こせるものだったと。少女には誰かを守る優しさと誰かを殺める決意をした強さを持ち合わせている、それこそ少女の中にある純粋な愛故のものです、たとえ彼女が「Killer」であろうと。

あくまで自分なりの解釈をしたつもりです、長々と並べてすいませんm(_ _)m


せれーで
風見岸さんへ

どうも!!コメントありがとございます。この曲は一番最初に公開されたにもかかわらず一番考えずらい曲でした。やはり自分としては王の真意が最後まで見る事が出来なかったことが理由ではないかと見ているわけなんですが。
確かにこの世界は我々が暮らす時代と比較しても非常に原始的な暮らしをしていますが、この時代は我々が生きてきた時代からそう遠くはない未来であると考えています。ですから彼らは我々の持つ倫理を持ち合わせていた生活をかつておこなってきた後の荒廃した時代であり、それを未来に世界が荒廃するのと同時に失ってしまったのだと考えたわけです。風見岸さんの意見(孤児院での生活が守られていることは当然な世界なのだと少女が考えたきっかけであった、彼女が騎士として生きるという事は荒廃した世界であっても「きみ」を守る事に生きる目的があるという事)もそうですね、一理あると思います。納得です。盲目、というには彼女は理性的過ぎている気がしてきました。自分はまだ考えが及んでいなかったんですかなぁ…風見岸さんの意見も是非参考にさせてもらいます。ご意見ありがとうございました!!





tabasa
tabasaです

この考察読むとき、PVを無限ループしながら読みましたww やっぱり、せれーでさん考察は面白いですよ

個人的にPV見てて思ったことを・・・ PVの序盤では真実が見える青年は髪の毛で眼がうかがうことが出来ない。これは一種の自分の周りに壁をはっている。他者には対して無関心または無感情を表しているのではないかと思いました。

実際、食料を盗んだ人の名を教える時、水脈を教える時(水脈は実際教えていませんが・・・)、青年は頭を押さえつけられたり、首を絞めつけられたりしてますよね、これは他者に対して無関心であった結果ではないかなと思いました。人の名前を聞いたり、水脈の場所を教えたりして無視されたら怒るのも当然ですね・・・、じゃあ何で無関心の青年が色々教えんねん!!って言われたらおしまいな気がしますが・・・、教えなければ食料の関係で旅してる皆の終わりの姿(真実)が見えていたからっていって逃げましょうかねww

そして、少女が青年を助けて同胞に脚の腱をそぎ落とされた後、少女が青年に色々と告げてたシーンで始めて青年の眼が現れます。ここで青年は今まではっていた壁を壊して目の前の少女と協力するようになります。眼を現したことによって青年のこれからの決意的なものを表しているんじゃないかなと思いました。しかも、この時点青年が少女に敵が来る場所を教えたりと今までなかった積極性がうかがえます。この部分は唯一、青年の気持ち的なものが描かれているのではないか?って思いました。

でもこの考えでいくとLoveSongっていう部分があまり表せてないんですよね~、少女は青年に恋しているのは分かるんですけど、青年の方は心を閉ざしてるわけですから少女には恋はしてないんですよね・・・心を開いた時から少女に恋したっていったら、その恋心は薄っぺらくないかな?と思うんですよね・・・難しいですwwwせれーでさん理論の孤児院説で昔からの一緒にいたから青年も少女に多少なりとも恋心はあったってことにしましょうかね・・・(雑ww)

って長々と書いてしまいましたwwこんな支離滅裂で駄文かつ長文すいません、目を通せていただけたなら幸いですよwwwあと、俺はあんまりこういった長い文を書くのはむいてないようですwwww






せれーで
tabasaさんへ

ツイッターでもコメント欄でも「おもしろい」と言って頂けて嬉しいです!!こんなに長々と書いてしまっているのに最後まで読んで下さっただけでも感激です(´;ω;`) 読んでくださってる時にPVを見ながら…というのも良いですよね!!自分も書いているときはその曲だけを永遠と書き切るその瞬間までリピートかけます。

ほぉ…tabasaさんのご意見も非常におもしろいです。確かに彼は「精悍なまなざし」を向けるまでその表情を伺うことはできません。自分が彼の真意に気付くことが出来なかったのは狂った世界に対して「無関心」であるその一心であったから、となれば分かります。その「無関心」である理由はtabasaさんがおっしゃる通り彼は「真実」を見通し旅を共にする同胞達の終わりを知っていからでしょう。

結局彼が「真実」を言ってしまうのはもちろん与えられた激痛から逃げるためでもあると思いましたがそれらは結局少女が殺人者となる「決意」を持ち得るまで生かしておくことに繋がるのではないかと思います。同胞達と共に旅をしいずれこの集団を脱するため少女に殺しの「決意」を与える。そのためには「決意」を得るその間生きる事が絶対条件です。水脈の場所を教えなければ同胞はもちろん少女までも喉が渇いて死んでしまうのですから。

そうですね。これまで見えなかった少女の殺しに対する明確な「決意」を垣間見たのと同時に青年も彼女と難攻不落の城を築く「決意」を持ったのだと思います。ですから彼の眼はいつになく「精悍」だったわけですね。

この「Killer Song」は歌詞の最後に「奇跡を起こす恋」と表記がなければLoveSongだと自覚することは自分もできませんでした。しかしアルバムのコンセプトをLoveSongとしていることを逆手にとってこの曲は愛を唄った歌詞であること自体を前提とすることで彼らの描かれない描写を我々の解釈で付け足すことが初めてできるんですね。当初は同じ孤児院出身であることを共通点とした仲間意識がいずれ彼らが互いを守りたいと願う「愛」へと変わった。それが強固なものとなったその瞬間は両足の腱を削がれ青年の元へ懸命に体を引きずって彼の膝元で「あったことを伝え」きったその一点ではないかと思います。

いえいえtabasaさんのご意見も非常に参考になりました。読んで頂けるだけでも嬉しいのにコメントをくださるのはもっと嬉しいです。ありがとうございました!!全然、支離滅裂でも駄文でもありませんでしたよ。それと長文は嬉しいものです(´∀`*)




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