鍵っ子もいろいろと思うことがあるんです
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ここからの記事は前回の小説「半分彼氏だった、君の頑張りに捧げるLoveSong」についての内容を含みます。
読みえてくださった方は追記からご覧ください。

「半分彼氏だった、君の頑張りに捧げるLoveSong」を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。小説、とまでは長い話でもありませんでしたが、描き切ることができてよかったです。というのも、これは一気書きでいけたので、自分の素直なお話ができたかなーと思って投稿しました。掲載させていただいたサイト様でもたくさんの評価をいただきまして、勉強不足が滲んだ感じですが。

今回のお話はとってもハートフルな出来だと思ってます……え?そんなこともない?
登場人物は名もない二人。語られるのは彼女からの『これまで』の告白。たったその二つだけ。
ただ短い分、描写一つ一つが何をいったい表現していたのか、それが伝わりづらい個所も多々ありました。
その説明を兼ねて、今回のあとがきを執筆していきたいと思っています。

これはタイトルを思いついた時点で話のストーリーを作りました。
「半分彼氏」ってタイトルで最初描いていたんですが、だんだん男の子に感情移入していくうちに「がんばり」を認めてあげたいと心から感じてしまいました。だから「半分彼氏だった、君の頑張りに捧げるLoveSong」です。
LoveSongと打ってるわけですから、構成をLoveSongに仕上げました。 第三者視点を省いた彼女からのストレートな想いをすべて載せて、手紙のように締めています。 最後のこの三文でタイトルの真意を読み取っていただけると思います。



最期まで笑顔を絶やさなかった、大好きな君へ。
あなたの大好きな彼女より。
これまでの多大な感謝と、精一杯の『ありがとう』を込めて。
半分彼氏だった君の頑張りに捧げるLoveSong




これは質問にはありましたが、これまでの多大な感謝と、精一杯の『ありがとう』の違いとは何か。
「多大な感謝」とは、これまで自分と付き合ってくれたことを感謝しています。多大、なわけですからこれまでの長い年月に対しての感謝です。
一方で「精一杯の『ありがとう』」とは、彼の生き方に励まされ、彼の死後の指針を持ち、自分を見失わずにいることができたことを感謝しています。精一杯という表現は、彼の死を悲しんでいないわけではない。悲しいけど、精一杯その気持ちを押し殺して、まずは感謝をしている彼女をイメージしたつもりです。



からっぽの痛みに緊張する私への気遣いだって、ちゃんと気づいてた。
・・・どうして涙を零すの?痛いのは私の方だって。



「からっぽの痛み」に緊張する私への気遣い…これは平たく言ってしまえばセックスをする彼女に対する気遣いです。からっぽ、なわけですから実際に痛みを伴っているわけではありませんが、それは子供を作ることができないことに彼女が少なからず痛みを伴っていることに共通しています。手を絡める時の彼の顔が強張って真剣なのはいつだっておかしかったことと対比され、より彼氏彼女として仲を深めた彼らが共通の痛みを持ち始めます。



ある日の大きなトラックが、彼の体を真っ二つに引き裂いた。
両足は彼の下半身から外れて遠くに飛んだ。




彼の体は上半身部位と下半身部位で分けて「真っ二つ」と考えました。外れる、という描写が左足、右足、上半身に三分割したと捉えてしまった方もいらっしゃったかもしれません。下半身部位はヘソの少し辺りで切れているイメージです。つまり足二つは胴体に繋がったまま胴体をヘソ下までを失っているわけです。胴体を失っていることで排泄は体に管をつないで人工的に排泄部位をつけることで排泄を行っています。これは実際に生存している事例があり、その記事を読んでこのことを知りました。



でもね、私が本当につらかったのは、もし『君達』がまた一緒になって、私の横を歩いてくれるんじゃないかって、少しでも考えちゃったとき。



『君達』とは彼の失った下半身と今の彼である上半身がまた一つの肉体となって彼女の横を歩くことができることを想像しているわけです。上半身だけが今の彼であっても、失われた下半身も立派な彼であり、その二つは決して分けて考えることができない彼女にとっては、どちらも「君」なのです。



これを書き切る頃に、私はもう君の歳を遥かに通り越して、もうすぐ君の傍へ。



これは「通り越す」というよりも「本当だったら、君は私を追い抜くことが無いのに、彼よりも年が2倍、いや3倍にもなった。もし生きていたら何歳なのにね…」と彼の死について悲しむことを後回しにしていた彼女が死を悼んでいます。そして自分の寿命を悟って彼の逝ったあの世へと向かうことを予兆させています。もちろん彼女のほうが3歳年上なので「通り越す」ということはありません。


以上が物語中における補足です。
詩的な部分が多く、その上短いので想像で片づけてしまってもかまわないのですが、自分の考えを統一していただけたらな、と解説を入れてみました。

この話はタイトルを考えて、その後で「あるはずのない痛み」についての描写を考えていました。すごいインスピレーションが湧いた自分がいたんですが、大して文章に表わせずに終わっちゃいました…。
この物語におけるテーマは「死を乗り越える強さを持つこと」です。人が死ぬともちろん悲しいですが、この作中の彼女は彼の死を悼む前に、彼の頑張りに対して讃える言葉を送りました。人が当然悲しむべき場面で彼女はぐしゃぐしゃではありながらも笑顔を向けました。この物語のハートフルな部分はここに尽きると感じています。彼女の人とは違った死に対する向き合い方も、彼への愛故の行動です。理由なんて必要ないでしょう。

劇中の彼は弱みを隠し続け死にます。つらさを隠し続け死にます。でも、彼は不幸だなんて思っていないでしょう。笑顔で絶えた彼の顔は幸せに満ちたものです。では、こんなにも幸せな彼らに悲しむ場面はあったのでしょうか?「なつかしむ」彼女の最期の顔はどんなものだったのか、その想像はお任せします。

確かに一見、これは結局死んでしまった彼に悲しむ物語なのかもしれません。しかし、彼女は彼を思い出してこのLoveSongを描きあげたとき、確かに微笑んでいると思います。生涯最後の、笑顔に溢れたLoveSongなんですから。


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「半分彼氏だった、君の頑張りに捧げるLoveSong」を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。小説、とまでは長い話でもありませんでしたが、描き切ることができてよかったです。というのも、これは一気書きでいけたので、自分の素直なお話ができたかなーと思って投稿しました。掲載させていただいたサイト様でもたくさんの評価をいただきまして、勉強不足が滲んだ感じですが。

今回のお話はとってもハートフルな出来だと思ってます……え?そんなこともない?
登場人物は名もない二人。語られるのは彼女からの『これまで』の告白。たったその二つだけ。
ただ短い分、描写一つ一つが何をいったい表現していたのか、それが伝わりづらい個所も多々ありました。
その説明を兼ねて、今回のあとがきを執筆していきたいと思っています。

これはタイトルを思いついた時点で話のストーリーを作りました。
「半分彼氏」ってタイトルで最初描いていたんですが、だんだん男の子に感情移入していくうちに「がんばり」を認めてあげたいと心から感じてしまいました。だから「半分彼氏だった、君の頑張りに捧げるLoveSong」です。
LoveSongと打ってるわけですから、構成をLoveSongに仕上げました。 第三者視点を省いた彼女からのストレートな想いをすべて載せて、手紙のように締めています。 最後のこの三文でタイトルの真意を読み取っていただけると思います。



最期まで笑顔を絶やさなかった、大好きな君へ。
あなたの大好きな彼女より。
これまでの多大な感謝と、精一杯の『ありがとう』を込めて。
半分彼氏だった君の頑張りに捧げるLoveSong




これは質問にはありましたが、これまでの多大な感謝と、精一杯の『ありがとう』の違いとは何か。
「多大な感謝」とは、これまで自分と付き合ってくれたことを感謝しています。多大、なわけですからこれまでの長い年月に対しての感謝です。
一方で「精一杯の『ありがとう』」とは、彼の生き方に励まされ、彼の死後の指針を持ち、自分を見失わずにいることができたことを感謝しています。精一杯という表現は、彼の死を悲しんでいないわけではない。悲しいけど、精一杯その気持ちを押し殺して、まずは感謝をしている彼女をイメージしたつもりです。



からっぽの痛みに緊張する私への気遣いだって、ちゃんと気づいてた。
・・・どうして涙を零すの?痛いのは私の方だって。



「からっぽの痛み」に緊張する私への気遣い…これは平たく言ってしまえばセックスをする彼女に対する気遣いです。からっぽ、なわけですから実際に痛みを伴っているわけではありませんが、それは子供を作ることができないことに彼女が少なからず痛みを伴っていることに共通しています。手を絡める時の彼の顔が強張って真剣なのはいつだっておかしかったことと対比され、より彼氏彼女として仲を深めた彼らが共通の痛みを持ち始めます。



ある日の大きなトラックが、彼の体を真っ二つに引き裂いた。
両足は彼の下半身から外れて遠くに飛んだ。




彼の体は上半身部位と下半身部位で分けて「真っ二つ」と考えました。外れる、という描写が左足、右足、上半身に三分割したと捉えてしまった方もいらっしゃったかもしれません。下半身部位はヘソの少し辺りで切れているイメージです。つまり足二つは胴体に繋がったまま胴体をヘソ下までを失っているわけです。胴体を失っていることで排泄は体に管をつないで人工的に排泄部位をつけることで排泄を行っています。これは実際に生存している事例があり、その記事を読んでこのことを知りました。



でもね、私が本当につらかったのは、もし『君達』がまた一緒になって、私の横を歩いてくれるんじゃないかって、少しでも考えちゃったとき。



『君達』とは彼の失った下半身と今の彼である上半身がまた一つの肉体となって彼女の横を歩くことができることを想像しているわけです。上半身だけが今の彼であっても、失われた下半身も立派な彼であり、その二つは決して分けて考えることができない彼女にとっては、どちらも「君」なのです。



これを書き切る頃に、私はもう君の歳を遥かに通り越して、もうすぐ君の傍へ。



これは「通り越す」というよりも「本当だったら、君は私を追い抜くことが無いのに、彼よりも年が2倍、いや3倍にもなった。もし生きていたら何歳なのにね…」と彼の死について悲しむことを後回しにしていた彼女が死を悼んでいます。そして自分の寿命を悟って彼の逝ったあの世へと向かうことを予兆させています。もちろん彼女のほうが3歳年上なので「通り越す」ということはありません。


以上が物語中における補足です。
詩的な部分が多く、その上短いので想像で片づけてしまってもかまわないのですが、自分の考えを統一していただけたらな、と解説を入れてみました。

この話はタイトルを考えて、その後で「あるはずのない痛み」についての描写を考えていました。すごいインスピレーションが湧いた自分がいたんですが、大して文章に表わせずに終わっちゃいました…。
この物語におけるテーマは「死を乗り越える強さを持つこと」です。人が死ぬともちろん悲しいですが、この作中の彼女は彼の死を悼む前に、彼の頑張りに対して讃える言葉を送りました。人が当然悲しむべき場面で彼女はぐしゃぐしゃではありながらも笑顔を向けました。この物語のハートフルな部分はここに尽きると感じています。彼女の人とは違った死に対する向き合い方も、彼への愛故の行動です。理由なんて必要ないでしょう。

劇中の彼は弱みを隠し続け死にます。つらさを隠し続け死にます。でも、彼は不幸だなんて思っていないでしょう。笑顔で絶えた彼の顔は幸せに満ちたものです。では、こんなにも幸せな彼らに悲しむ場面はあったのでしょうか?「なつかしむ」彼女の最期の顔はどんなものだったのか、その想像はお任せします。

確かに一見、これは結局死んでしまった彼に悲しむ物語なのかもしれません。しかし、彼女は彼を思い出してこのLoveSongを描きあげたとき、確かに微笑んでいると思います。生涯最後の、笑顔に溢れたLoveSongなんですから。

【2012/01/01 03:25】 | 小説
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