鍵っ子もいろいろと思うことがあるんです
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Killer Song


「終わりの惑星のLoveSong」考察
No.3「Killer Song」



倫理の狂った荒廃する世界

No.2「ふたりだけのArk」に引き続きNo.3「Killer Song」について考えていきたいと思います。この曲はアルバムの企画が始まって最初に公開された曲でアルバムの曲での印象としては「なつかしい」といった感じではないでしょうか。語り尽くされている様であまり語られていない彼らの奇跡について考えを深めてみたいと思います。まずはこの物語「Killer Song」においても世界の荒廃する様子が描かれていますね。歌詞で確認しましょう。



気づいてた いつかあたしもきみのため
誰かを殺める日が来るってこと
生きていくためなら当たり前のこと

季節は狂ったままで秋のあと夏がきた
誰もが水を探し求めた

時は流れひとつの伝説がまことしやかに囁かれた
難攻不落の城があるが不可解



まず人を殺める事が生きていくには当然だと考えられている世界であり、季節が狂い秋が過ぎると夏が来る世界であり、城を築くような現代から見れば考えられないような世界ですね。そして城を築く…という要素が先進した未来を感じさせません。この事については「無敵のSoldier」と類似点として、そして「Heroの条件」に描かれた物語として自分の考えがありますので詳しくは「Heroの条件」における考察でお話します。一つ言えるのはこの「Killer Song」が描かれた時代背景が必ずしも「終わりの世界から」における「桜散る現代」を生きる我々から見て遠い遥か未来ではないということです。


違和感ある仲間意識

自分はこの「Killer Song」における登場人物の関係が非常に独特だと感じました。まずは少女と青年、そしてその他の同胞についての関係です。彼らには恐らく「頭」のような存在がいるのでしょう。その頭の先導するままに放浪する旅を続けます。そしてそんな過酷な旅であるからこそ食糧は平等に分け合うべきなわけです。そして食糧を余分に持って行く同胞とかつて呼ばれた「敵」は殺されて至極当然なわけなんですね。



食料を余分に持って逃げたやつはさて誰と
殺されてしまう人の名を告げた



この小さな旅の集団にも既に小さな絶対王政が確立しているんです。頭呼ばれるその者が集団の王であると誰が決めたわけでもない決まりが既に出来てしまっている。この「Killer Song」における世界では砂漠化したその風景だけでなく、彼らの心までもが砂漠のように乾き凍りついた刃のような印象を受けました。しかし我々に暴虐な頭を責めることなど出来ません。頭がいなければそもそも食糧を平等に与えられるという「法」すら作られはしないのですから。頭を持たない彼らは無法のまま、見つけたままに食糧を奪い合いを始めんです。ですから無意識に創られたこの小さな絶対王政を責める事は出来ません。それはこの「惑星の終わり」を導いた彼ら人類に課せられた罰なのですから。
再び頭が暴挙に出るのは物語の中盤。唯一「真実」を見る事が出来た青年の首を締めるフレーズです。「君」にしか見えない水脈を教えろと青年の生死をかけて脅しにかけます。



きみにだけ見える水脈
教えろと首を絞めた



この狂った世界であっても「真実」が見える青年というのは大変存在が稀なものだったはずなのに、その青年の生死をも問わず首を絞めるんです。彼の目は盲目であることをいいことに。何故青年は首を絞められる前に水脈の場所を教えなかったのか。さすがに聞く前から首を絞めてきた…ということはないでしょう。一度頭が聞いたが教えなかった。だから首を絞めて脅した…という流れが妥当です。その理由は次のフレーズに描かれていますね。



でもそれは遠い孤児院の井戸に続く



恐らく青年と少女はこの遠い孤児院の出身なのでしょう。それを裏付けるのはPVにおける二人の少年と少女の面影が今の「Killer Song」における少女と青年にひどく類似している点です。恐らく「きみ」は少女との思い出の詰まった孤児院を荒らされてしまうことを恐れたのでしょう。唯一彼女との思い出を持った場所なのでしょうから。

またここで、この「終わりの惑星のLoveSong」における楽曲はすべてLoveSongであるということを念頭に入れておきましょう。というのも最初この「Killer Song」を聴いたとき恋愛をテーマにした楽曲には思えませんでした。そして少女と青年の関係についての違和感を自分は感じたんです。歌詞の最後に「奇跡を起こす恋」とはっきり明示されてはいますがいまいち流れからその恋に至る過程を想像できなかったんです。しかしこれも「ふたりだけのArk」と同様に考えます。はっきりこのアルバムのコンセプトを麻枝さんが「LoveSong」と定義していることを逆手にとり、そして彼らの友情関係にも危機的状況に由来する仲間意識も似たこの感情は他人がどう考えようと、少女にとってはかけがえのない愛に溢れていたのだと。「ふたりだけのArk」における歌詞を書いたのはあくまで「ぼく」であったことと同様にあくまでのこの「Killer Song」における歌詞を書いたのは「Killer Song」における少女なのですから。


自らを正当化し言い聞かせるのはすべて眼の見えない彼のため

狂った季節の中旅を少女は真実を見る青年が苦しむ姿を見てその時が来たことを悟りました。これまでの旅を共にした同胞達を、目が見えないことをいいことに愛する彼を苦しめる「敵」を殺すことを。それは生きていくためには当たり前のことなんだと自分の胸に言い聞かせて。



気づいてた いつかあたしもきみのため
誰かを殺める日が来るってこと
生きていくためなら当たり前のこと

その時が来たとあたしは悟った



この後のフレーズは非常にシナリオライターとしての麻枝さんが生き生きした描写だと思いました。淡々とした情景描写を語るだけの情景描写の中の情景描写のような感覚。初めての「殺し」に自らの震えた手に感触を残しつつその余韻に浸っているかのような少女。そして同胞が殺されたことを知った彼らは「裏切り者」として少女の足の腱を削ぎ制裁を与えます。



鈍く光る刃物抜いて駆けた 闇が味方した
手応えははっきりあった 手はまだ震えてた

刹那明かりがあたしを照らした 仲間に押さえられた
そして両足の腱を削ぎ落とされてしまった



一度頭から得た戒律はその集団の中で生き続けるんですね。そしてこの戒律を守ることの正当化とは別に、食糧の配分が減ることを同胞は喜んだのでしょう。足の腱を失った這いずる少女はこのまま野垂れ死ぬ運命にあるのですから。這いずるその無様な姿を見て同胞たちは貶し、詰り、踏みにじり、少女はその懸命な姿一身に反吐を受けたのでしょう。しかし少女はそんなことは気にしていませんでした。少女が何故こんな目にあってまで人を殺したのか、想い出して下さい。彼女が人を殺したのは眼の見えない彼のためでした。眼の見える彼女は、首を絞められ苦しむ彼の姿がはっきりと眼に映ります。もし少女と青年の立場が逆であったなら青年は盲目であるがために少女の苦しむ姿から眼を背けることができたのに。きっと少女も同じことを思ったでしょう。呻く彼の声を聞きながら必死に眼を瞑っていたのでしょうか。しかしその現実から眼を背けることは少女には出来ません。眼が見え、歩く目の前に苦しむ青年がはっきりと映るのですから。



教えろと首を絞めた



そして懸命に這い愛する彼の元へ辿りつきます。その場で少女は泣き崩れ青年にあったことを伝えます。人を殺めてしまったということ、両足の腱を削ぎ落されてしまったこと、そして君を連れてこの狂った同胞達から逃げ出すことが出来なくなってしまったことを。彼女が旅路の間ずっとずっと企てて来たこの計画がすべて失敗に終わってしまったんです。少女は悔しかったでしょう。いつかいつか…と誰かを殺める日が来るこの瞬間を待っていたのに。悔しみを涙に変え、彼の優しい膝元を濡らしました。彼の優しい手の温もりをその手に感じて。



手で這ってきみのもとへ
あったことを伝えた
きみを連れて逃げることもできなくなったと



しかし青年は彼女の人を殺めた事実を罪だと否定することは決してありませんでした。この「終わりの惑星」における倫理観は季節同様に狂っています。人を殺める事を当然としてしまうその世界で精悍な眼差しをした青年は彼女に言いました。



ひとり殺ったらふたりも三人も同じと



そして少女は「きみ」を守るという使命を持ち戦士へと変わります。この使命を得たからこそ少女は自らを戦士と名乗ることが出来るんですね。「きみ」が指し示す方向にいるかつて同胞であった「敵」を切り倒し続けます。彼女は青年に諭しを受けたこの時点から彼女は今まで旅路を共にした同胞を「敵」であると明確化します。青年の言うことが彼女にとっては唯一の柱なのでしょう。真実を見る彼の言うことが「正しい」、愛する彼が苦しいのなら彼女も「苦しい」、青年を苦しめた奴らは間違いなく仲間ではなく「敵」なのだと。彼が生きているから少女も生きているんです。「きみ」を守ることこそが彼女の唯一の生きる意味なのですから。



きみを守る それが唯一のあたしの生きる意味



盲目の戦士へと少女を変えた王の真意

「Killer Song」における少女の視点で物語は進行し、登場する相手の青年の心情は一切語られていません。そして今回の青年は本当に意図が読みずらいんです。PVにおいても終始無表情で彼の心情を読み取ることは一切できません。ですから状況説明である歌詞が際立ち公開時に評価が大きく分かれたんだと感じました。状況説明を単に説明だけの単純な歌詞だと捉えるか、その後自らの考えで持って説明に描写を加えるのか。今回は自分の考えで持って麻枝さんの状況説明歌詞に青年の真意と共に描写を加えてみようと思います。

考えたいのは青年はどうしてこんな過酷な状況下から逃げる事をしなかったのか…ということです。そうです毎度のことながら大前提です。彼は確かに盲目ですが「真実」が見える以上逃げる事は十分に可能だったと思います。喉が渇いたなら水脈を、生きる場所が欲しいなら村を、追手が来るなら逃げ道を、人を殺したいのなら殺す機会を…彼の見る「真実」で克服し得る事だと思うんです。彼の見ることが出来る「真実」とは次の未来であったり、目的とする場所は実物の位置であったり、本当に広い意味で「真実」なのでしょう。しかしそれをしなかったのは何故なのか。その理由は恐らく二つあります。一つは青年は「真実」が見えるだけで盲目であったこと。恐らく先程挙げた人を殺す機会であれば確かにその機会を見る事は出来るかもしれませんが、彼が実際に手を下すことはできないんです。盲目で殺す相手がどこにいるかまでは分からないのですから。人が暮らす村を見つけても、その村の人々が村の余所者である盲目な彼にどんな仕打ちをするのか分からないのですから。もう一つは、愛する少女を「少女」のまま連れて逃げる事は出来なかったから、です。もし彼女を連れてこの場から逃げ出したとして二人で生き残ることはできるのでしょうか。自分は確信しています。あのまま逃げ出したとしても絶対に二人で生きていくことはできなかったんです。何故ならここは「終わりを迎える」惑星なのですから。逃げる途中に他の旅人達に襲われてしまえばその場で彼らは朽ちてしまいます。では「真実」を見る彼に歌詞と同じように「指し示し、敵の方向を知らせて」もらえばいい…そう思いますか。



きみが指し示すほうから敵は必ずやってきた
あたしはそれを斬り倒し続けていった



それだけでは駄目なんです。「真実」が見える彼の能力だけでは生きていくことなど不可能なんです。あの場で逃げ出した彼らにはなく、歌詞における彼らにあったものは…紛れもなく「少女の決意」でした。恐らくあの歌詞通りの場面を経なければ、自らの「決意」を胸に人を殺めるその瞬間を経なければ、少女が「その時」が来たと悟り人を殺すことなど決して出来ません。彼女が人を殺せたのは紛れもなく苦しむ彼の姿を眼の前で見ていたからなのです。



その時が来たとあたしは悟った



きっと盲目の青年も、そのことに気付いていた。だからこそ少女の「決意」が固まるその時を待っていたのではないでしょうか。確かに青年があの同胞達を抜け出すことは容易だったのかもしれません。しかし愛する少女を「少女」のまま連れて行って途中で朽ちることを知っていました。何故なら彼は盲目である代わりに「真実」を見通すことが出来たのですから。



きみは眼が見えない代わり真実だけが見える



そしてその時が来た…少女が「その時」が来たことを悟ります。両足の腱を切られ、体を引きずって彼の元へ。その少女の強い「決意」を知った青年はいつにもなく「精悍」だったんですね。長年待った少女の「決意」を知ったからこその眼差しでした。そして彼は彼女の強い「決意」をより凝固なモノへと変えるため、この「終わりの惑星」での「生きるためには当たり前」である倫理を伝えます。



でもきみは精悍な眼差しでこう言った
ひとり殺ったらふたりも三人も同じと



この青年の一言があったからこそ、少女は同胞の虐殺をする決意が固まったんです。それはひとりの「殺人者」として青年のために、生きていくための殺しを行う決意。ここでおもしろいのは、前述しましたが歌詞で少女が今まで旅路を共にした同胞達を「敵」であると認識し表現している点です。この瞬間から彼女にとってはこの狂った世界で「きみ」以外は敵なんです。



きみが指し示すほうから敵は必ずやってきた
あたしはそれを斬り倒し続けていった



そして彼女は今まで人として持っていたはずの倫理を失います。「人を殺めてはならない」と小さな時から教えられてきたその「当たり前」を当たり前の事とはせず、生きていくための「当たり前」が「人を殺めること」と擦り替えられました。これがつまり少女が「戦士」として生まれ変わったことを指します。 



きみはあたしをひとりの戦士に変えてくれた
きみを守る それが唯一のあたしの生きる意味



人を殺すことに躊躇いを失った少女は一人の戦士として青年を守るために生きていくことを決意しました。青年を「守る」…とは、また少女の自らへの甘さが垣間見れますね。「守る」と聞こえの良い表現を使って自らの殺人を正当化しようとしています。確かに彼女が人を殺すことで青年を守ることに繋がります。しかし彼女はその大きな剣を振るう度に終わりの惑星でも必死に生きる人々を殺し、踏み台にしていることを忘れてはいけなかったんです。人を殺すことに対する罪悪感を失った戦士の未来は…「騎士」です。ある時代を生きた無敵の名を欲しいままにした男の面影をどこか映す彼女は人を殺すことに躊躇いなどもう持ってはいません。あるのは愛する「きみ」の眼となる使命と生きる意味だけ。その意味で彼女は既に「盲目」だったんです。彼への愛で、もう眼が見えてはいませんでした。愛は、彼女を盲目にしてしまいました。



時は流れひとつの伝説がまことしやかに囁かれた
難攻不落の城があるが不可解
その城の主は眼が見えず騎士はまともに歩けさえしないと



難攻不落の城の「騎士」はもはや少女としての面影を忘れ、倫理を忘れ、人としてかけがえのないものを失いました。しかしそんな騎士にもたった一つ失わずにいたものがあります。それは難攻不落の城で共に生きる王への愛です。盲目の王は両足の腱を失った騎士の存在がなければ生きていくことはできません。逆に両足の腱を持たない騎士は「真実」を見通す能力を持った王の存在がなければ生きていくことはできません。互いに互いを必要とするこの関係がいずれ互いへの愛に結び付きます。終わりを迎える惑星であっても、こんな偶然を起こす恋はあったのだとまことしやかに囁かれた「難攻不落の王の伝説」を聴いたある人は思いつき、物語の締めにこう言ったのでしょう。



そんな奇跡を起こす恋もある



表題「Killer Song」を最後に考える

以上で「Killer Song」の考察は終了です。最も見て聴いてきたこの「Killer Song」であったはずなのに青年の真意が今一つ掴めないまま発売を迎えてしまい心配でしたが聴きこんでいる内にこの物語もやはり「終わりの惑星のLoveSong」であることを再認識できた…そんな考察でした。彼らは互いが互いを必要としている以上、難攻不落であるその城が落ちる事は彼らの死が訪れるその時まで永遠にないのでしょう。しかしながら惑星が終わりを迎えるその瞬間と、難攻不落の王とその騎士が生きたえるその時、どちらが早いのかは誰も知る術はありません。何故なら「惑星」は終わりを迎え、人類は一人残らず消えてしまった後の話なのですから。
また、この表題が一人の戦士の物語であるはずなのに「Killer Song」となっているのは何故なのかを自分なりに考えました。それは終わりの惑星における彼女の決して人としてやってはならない倫理の放棄が由来するのではないかと思います。例え「戦士」であろうと「騎士」であろうと、人を殺すことで栄誉を得る彼らも麻枝から見れば全員「殺人者」に他ならないのだと思いました。名誉あると思われた称号は人の犯してはならない殺人を自らで正当化しているだけに過ぎないのだと、この「Killer Song」で彼は考えているのではないでしょうか。あくまでこの物語は「終わりの惑星」でのLoveSongであるが故に彼らの殺人という行為が「当たり前」だと「当然」だと思わせているだけに過ぎません。
ですが少女があの場で朽ちて居れば良かった…などとは決して思っていません。少女の強い決意が、青年の少女を想う心があったからこそ、こんな奇跡を起こした恋物語はまことしやかに囁かれて今我々も語り継ぐことが出来るようになったのですから。そんな思いを込めて今回の表題を『盲目の騎士と真実を見通す王の奇跡を謡った「Killer Song」』としました。次回は「Flower Garden」です。ご意見・ご感想はお気軽にどうぞ。


【2012/05/02 17:31】 | 終わりの惑星のLoveSong
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風見岸
どうも、風見岸です

自分としては、「Killer Song」はやはりかなり評価しずらい曲です。何しろこの曲で描かれた世界は我々の暮らす文明社会とはあまりにも違って、遥か原始的な世界です。我々の倫理観や世界観でこの物語を見るわけにはいけないでしょう。

自分が思うに、この狂った世界のルールはただ一つ、弱肉強食です。生きるためには誰かを殺し、その命を踏み台にしなければなりません、「真実」が見える青年にとってはとっくに分かっていることだろうし、少女もそれを微かに悟ってるでしょう。もしもせれーでさんの言うとおりに、青年と少女はあの孤児院で暮らしたことがあるのとしたら、少女の人殺しにためらう心は多分その経歴のせいだと思う。孤児、つまり弱者、守られる方であり、人を殺せるわけもなく、誰かの優しさに守られる一方です、だから彼女は「いつか自分も誰かを殺める日が来る」と分かっていても、初めての殺しに戸惑ったのではないかと。これは青年にも分かってることです、だから青年は少女を「Killer」に変えた、「一人やったら二人も三人も同じ」だと伝えた、生きるために。

少女は「Killer」になった、でも本当に彼女を衝き動かすのは「生きる信念」よりも「きみを守る」ことにある。実際、彼女は盲目かどうか、倫理を失ってるかどうかは、我々現代人の目で評価するのはダメでしょう。正直、我々が真に評価するものは、彼女があんな野蛮な世界でもなお他人を思うことが出来る愛なのです。そんな誰もが自分のために生きようとする世界で、彼女が他人のために生きようするのはとても得難いものなのです、それこそ本当の奇跡と呼ぶものでしょう。歌詞の最後では彼女を「騎士」と呼んだ。騎士道の一つ、それは弱きものを守ることです。彼女は「騎士」だと呼ばれた以上、少なくとも彼女はあの世界での正義を貫き、弱きものを守ることに熱心してるのでしょう。どんな守り方はともあれ、少なくとも彼女は弱きものを守った、そして青年もその守る範囲にあるはず(まあ、青年は少々特別のポジションにあるのは致し方ないことでしょう、それに騎士は主君に仕える忠義も必要)、彼女の信念はその世界の他の者とは違い、少なくとも一般人よりも一層高いと思います。だから自分としては、彼女の殺しを盲目と呼ぶには少し妥当じゃないのではないかと。

最後に自分が思うこの歌の意味ですが、やはり麻枝さんが伝えたいのは「愛とは人の心の中にあるもっと原始的で純粋なもの」じゃないかと。あんな狂った世界でも少女の心の中に愛があった、しかもそれは無駄なものではなく、奇跡をも呼び起こせるものだったと。少女には誰かを守る優しさと誰かを殺める決意をした強さを持ち合わせている、それこそ少女の中にある純粋な愛故のものです、たとえ彼女が「Killer」であろうと。

あくまで自分なりの解釈をしたつもりです、長々と並べてすいませんm(_ _)m


せれーで
風見岸さんへ

どうも!!コメントありがとございます。この曲は一番最初に公開されたにもかかわらず一番考えずらい曲でした。やはり自分としては王の真意が最後まで見る事が出来なかったことが理由ではないかと見ているわけなんですが。
確かにこの世界は我々が暮らす時代と比較しても非常に原始的な暮らしをしていますが、この時代は我々が生きてきた時代からそう遠くはない未来であると考えています。ですから彼らは我々の持つ倫理を持ち合わせていた生活をかつておこなってきた後の荒廃した時代であり、それを未来に世界が荒廃するのと同時に失ってしまったのだと考えたわけです。風見岸さんの意見(孤児院での生活が守られていることは当然な世界なのだと少女が考えたきっかけであった、彼女が騎士として生きるという事は荒廃した世界であっても「きみ」を守る事に生きる目的があるという事)もそうですね、一理あると思います。納得です。盲目、というには彼女は理性的過ぎている気がしてきました。自分はまだ考えが及んでいなかったんですかなぁ…風見岸さんの意見も是非参考にさせてもらいます。ご意見ありがとうございました!!





tabasa
tabasaです

この考察読むとき、PVを無限ループしながら読みましたww やっぱり、せれーでさん考察は面白いですよ

個人的にPV見てて思ったことを・・・ PVの序盤では真実が見える青年は髪の毛で眼がうかがうことが出来ない。これは一種の自分の周りに壁をはっている。他者には対して無関心または無感情を表しているのではないかと思いました。

実際、食料を盗んだ人の名を教える時、水脈を教える時(水脈は実際教えていませんが・・・)、青年は頭を押さえつけられたり、首を絞めつけられたりしてますよね、これは他者に対して無関心であった結果ではないかなと思いました。人の名前を聞いたり、水脈の場所を教えたりして無視されたら怒るのも当然ですね・・・、じゃあ何で無関心の青年が色々教えんねん!!って言われたらおしまいな気がしますが・・・、教えなければ食料の関係で旅してる皆の終わりの姿(真実)が見えていたからっていって逃げましょうかねww

そして、少女が青年を助けて同胞に脚の腱をそぎ落とされた後、少女が青年に色々と告げてたシーンで始めて青年の眼が現れます。ここで青年は今まではっていた壁を壊して目の前の少女と協力するようになります。眼を現したことによって青年のこれからの決意的なものを表しているんじゃないかなと思いました。しかも、この時点青年が少女に敵が来る場所を教えたりと今までなかった積極性がうかがえます。この部分は唯一、青年の気持ち的なものが描かれているのではないか?って思いました。

でもこの考えでいくとLoveSongっていう部分があまり表せてないんですよね~、少女は青年に恋しているのは分かるんですけど、青年の方は心を閉ざしてるわけですから少女には恋はしてないんですよね・・・心を開いた時から少女に恋したっていったら、その恋心は薄っぺらくないかな?と思うんですよね・・・難しいですwwwせれーでさん理論の孤児院説で昔からの一緒にいたから青年も少女に多少なりとも恋心はあったってことにしましょうかね・・・(雑ww)

って長々と書いてしまいましたwwこんな支離滅裂で駄文かつ長文すいません、目を通せていただけたなら幸いですよwwwあと、俺はあんまりこういった長い文を書くのはむいてないようですwwww






せれーで
tabasaさんへ

ツイッターでもコメント欄でも「おもしろい」と言って頂けて嬉しいです!!こんなに長々と書いてしまっているのに最後まで読んで下さっただけでも感激です(´;ω;`) 読んでくださってる時にPVを見ながら…というのも良いですよね!!自分も書いているときはその曲だけを永遠と書き切るその瞬間までリピートかけます。

ほぉ…tabasaさんのご意見も非常におもしろいです。確かに彼は「精悍なまなざし」を向けるまでその表情を伺うことはできません。自分が彼の真意に気付くことが出来なかったのは狂った世界に対して「無関心」であるその一心であったから、となれば分かります。その「無関心」である理由はtabasaさんがおっしゃる通り彼は「真実」を見通し旅を共にする同胞達の終わりを知っていからでしょう。

結局彼が「真実」を言ってしまうのはもちろん与えられた激痛から逃げるためでもあると思いましたがそれらは結局少女が殺人者となる「決意」を持ち得るまで生かしておくことに繋がるのではないかと思います。同胞達と共に旅をしいずれこの集団を脱するため少女に殺しの「決意」を与える。そのためには「決意」を得るその間生きる事が絶対条件です。水脈の場所を教えなければ同胞はもちろん少女までも喉が渇いて死んでしまうのですから。

そうですね。これまで見えなかった少女の殺しに対する明確な「決意」を垣間見たのと同時に青年も彼女と難攻不落の城を築く「決意」を持ったのだと思います。ですから彼の眼はいつになく「精悍」だったわけですね。

この「Killer Song」は歌詞の最後に「奇跡を起こす恋」と表記がなければLoveSongだと自覚することは自分もできませんでした。しかしアルバムのコンセプトをLoveSongとしていることを逆手にとってこの曲は愛を唄った歌詞であること自体を前提とすることで彼らの描かれない描写を我々の解釈で付け足すことが初めてできるんですね。当初は同じ孤児院出身であることを共通点とした仲間意識がいずれ彼らが互いを守りたいと願う「愛」へと変わった。それが強固なものとなったその瞬間は両足の腱を削がれ青年の元へ懸命に体を引きずって彼の膝元で「あったことを伝え」きったその一点ではないかと思います。

いえいえtabasaさんのご意見も非常に参考になりました。読んで頂けるだけでも嬉しいのにコメントをくださるのはもっと嬉しいです。ありがとうございました!!全然、支離滅裂でも駄文でもありませんでしたよ。それと長文は嬉しいものです(´∀`*)




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コメント
この記事へのコメント
どうも、風見岸です

自分としては、「Killer Song」はやはりかなり評価しずらい曲です。何しろこの曲で描かれた世界は我々の暮らす文明社会とはあまりにも違って、遥か原始的な世界です。我々の倫理観や世界観でこの物語を見るわけにはいけないでしょう。

自分が思うに、この狂った世界のルールはただ一つ、弱肉強食です。生きるためには誰かを殺し、その命を踏み台にしなければなりません、「真実」が見える青年にとってはとっくに分かっていることだろうし、少女もそれを微かに悟ってるでしょう。もしもせれーでさんの言うとおりに、青年と少女はあの孤児院で暮らしたことがあるのとしたら、少女の人殺しにためらう心は多分その経歴のせいだと思う。孤児、つまり弱者、守られる方であり、人を殺せるわけもなく、誰かの優しさに守られる一方です、だから彼女は「いつか自分も誰かを殺める日が来る」と分かっていても、初めての殺しに戸惑ったのではないかと。これは青年にも分かってることです、だから青年は少女を「Killer」に変えた、「一人やったら二人も三人も同じ」だと伝えた、生きるために。

少女は「Killer」になった、でも本当に彼女を衝き動かすのは「生きる信念」よりも「きみを守る」ことにある。実際、彼女は盲目かどうか、倫理を失ってるかどうかは、我々現代人の目で評価するのはダメでしょう。正直、我々が真に評価するものは、彼女があんな野蛮な世界でもなお他人を思うことが出来る愛なのです。そんな誰もが自分のために生きようとする世界で、彼女が他人のために生きようするのはとても得難いものなのです、それこそ本当の奇跡と呼ぶものでしょう。歌詞の最後では彼女を「騎士」と呼んだ。騎士道の一つ、それは弱きものを守ることです。彼女は「騎士」だと呼ばれた以上、少なくとも彼女はあの世界での正義を貫き、弱きものを守ることに熱心してるのでしょう。どんな守り方はともあれ、少なくとも彼女は弱きものを守った、そして青年もその守る範囲にあるはず(まあ、青年は少々特別のポジションにあるのは致し方ないことでしょう、それに騎士は主君に仕える忠義も必要)、彼女の信念はその世界の他の者とは違い、少なくとも一般人よりも一層高いと思います。だから自分としては、彼女の殺しを盲目と呼ぶには少し妥当じゃないのではないかと。

最後に自分が思うこの歌の意味ですが、やはり麻枝さんが伝えたいのは「愛とは人の心の中にあるもっと原始的で純粋なもの」じゃないかと。あんな狂った世界でも少女の心の中に愛があった、しかもそれは無駄なものではなく、奇跡をも呼び起こせるものだったと。少女には誰かを守る優しさと誰かを殺める決意をした強さを持ち合わせている、それこそ少女の中にある純粋な愛故のものです、たとえ彼女が「Killer」であろうと。

あくまで自分なりの解釈をしたつもりです、長々と並べてすいませんm(_ _)m
2012/05/02(Wed) 21:26 | URL  | 風見岸 #-[ 編集]
風見岸さんへ

どうも!!コメントありがとございます。この曲は一番最初に公開されたにもかかわらず一番考えずらい曲でした。やはり自分としては王の真意が最後まで見る事が出来なかったことが理由ではないかと見ているわけなんですが。
確かにこの世界は我々が暮らす時代と比較しても非常に原始的な暮らしをしていますが、この時代は我々が生きてきた時代からそう遠くはない未来であると考えています。ですから彼らは我々の持つ倫理を持ち合わせていた生活をかつておこなってきた後の荒廃した時代であり、それを未来に世界が荒廃するのと同時に失ってしまったのだと考えたわけです。風見岸さんの意見(孤児院での生活が守られていることは当然な世界なのだと少女が考えたきっかけであった、彼女が騎士として生きるという事は荒廃した世界であっても「きみ」を守る事に生きる目的があるという事)もそうですね、一理あると思います。納得です。盲目、というには彼女は理性的過ぎている気がしてきました。自分はまだ考えが及んでいなかったんですかなぁ…風見岸さんの意見も是非参考にさせてもらいます。ご意見ありがとうございました!!


2012/05/02(Wed) 22:56 | URL  | せれーで #-[ 編集]
tabasaです

この考察読むとき、PVを無限ループしながら読みましたww やっぱり、せれーでさん考察は面白いですよ

個人的にPV見てて思ったことを・・・ PVの序盤では真実が見える青年は髪の毛で眼がうかがうことが出来ない。これは一種の自分の周りに壁をはっている。他者には対して無関心または無感情を表しているのではないかと思いました。

実際、食料を盗んだ人の名を教える時、水脈を教える時(水脈は実際教えていませんが・・・)、青年は頭を押さえつけられたり、首を絞めつけられたりしてますよね、これは他者に対して無関心であった結果ではないかなと思いました。人の名前を聞いたり、水脈の場所を教えたりして無視されたら怒るのも当然ですね・・・、じゃあ何で無関心の青年が色々教えんねん!!って言われたらおしまいな気がしますが・・・、教えなければ食料の関係で旅してる皆の終わりの姿(真実)が見えていたからっていって逃げましょうかねww

そして、少女が青年を助けて同胞に脚の腱をそぎ落とされた後、少女が青年に色々と告げてたシーンで始めて青年の眼が現れます。ここで青年は今まではっていた壁を壊して目の前の少女と協力するようになります。眼を現したことによって青年のこれからの決意的なものを表しているんじゃないかなと思いました。しかも、この時点青年が少女に敵が来る場所を教えたりと今までなかった積極性がうかがえます。この部分は唯一、青年の気持ち的なものが描かれているのではないか?って思いました。

でもこの考えでいくとLoveSongっていう部分があまり表せてないんですよね~、少女は青年に恋しているのは分かるんですけど、青年の方は心を閉ざしてるわけですから少女には恋はしてないんですよね・・・心を開いた時から少女に恋したっていったら、その恋心は薄っぺらくないかな?と思うんですよね・・・難しいですwwwせれーでさん理論の孤児院説で昔からの一緒にいたから青年も少女に多少なりとも恋心はあったってことにしましょうかね・・・(雑ww)

って長々と書いてしまいましたwwこんな支離滅裂で駄文かつ長文すいません、目を通せていただけたなら幸いですよwwwあと、俺はあんまりこういった長い文を書くのはむいてないようですwwww



2012/05/04(Fri) 03:14 | URL  | tabasa #-[ 編集]
tabasaさんへ

ツイッターでもコメント欄でも「おもしろい」と言って頂けて嬉しいです!!こんなに長々と書いてしまっているのに最後まで読んで下さっただけでも感激です(´;ω;`) 読んでくださってる時にPVを見ながら…というのも良いですよね!!自分も書いているときはその曲だけを永遠と書き切るその瞬間までリピートかけます。

ほぉ…tabasaさんのご意見も非常におもしろいです。確かに彼は「精悍なまなざし」を向けるまでその表情を伺うことはできません。自分が彼の真意に気付くことが出来なかったのは狂った世界に対して「無関心」であるその一心であったから、となれば分かります。その「無関心」である理由はtabasaさんがおっしゃる通り彼は「真実」を見通し旅を共にする同胞達の終わりを知っていからでしょう。

結局彼が「真実」を言ってしまうのはもちろん与えられた激痛から逃げるためでもあると思いましたがそれらは結局少女が殺人者となる「決意」を持ち得るまで生かしておくことに繋がるのではないかと思います。同胞達と共に旅をしいずれこの集団を脱するため少女に殺しの「決意」を与える。そのためには「決意」を得るその間生きる事が絶対条件です。水脈の場所を教えなければ同胞はもちろん少女までも喉が渇いて死んでしまうのですから。

そうですね。これまで見えなかった少女の殺しに対する明確な「決意」を垣間見たのと同時に青年も彼女と難攻不落の城を築く「決意」を持ったのだと思います。ですから彼の眼はいつになく「精悍」だったわけですね。

この「Killer Song」は歌詞の最後に「奇跡を起こす恋」と表記がなければLoveSongだと自覚することは自分もできませんでした。しかしアルバムのコンセプトをLoveSongとしていることを逆手にとってこの曲は愛を唄った歌詞であること自体を前提とすることで彼らの描かれない描写を我々の解釈で付け足すことが初めてできるんですね。当初は同じ孤児院出身であることを共通点とした仲間意識がいずれ彼らが互いを守りたいと願う「愛」へと変わった。それが強固なものとなったその瞬間は両足の腱を削がれ青年の元へ懸命に体を引きずって彼の膝元で「あったことを伝え」きったその一点ではないかと思います。

いえいえtabasaさんのご意見も非常に参考になりました。読んで頂けるだけでも嬉しいのにコメントをくださるのはもっと嬉しいです。ありがとうございました!!全然、支離滅裂でも駄文でもありませんでしたよ。それと長文は嬉しいものです(´∀`*)


2012/05/04(Fri) 12:54 | URL  | せれーで #-[ 編集]
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2016/05/19(Thu) 20:06 |   |  #[ 編集]
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