鍵っ子もいろいろと思うことがあるんです
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火吹き山の魔法使い


「終わりの惑星のLoveSong」考察
No.10「火吹き山の魔法使い」



ファンタジーテイスト溢れる物語の一説

どうもお久しぶりです。考察を終えるべく戻ってまいりました。それではNo.9「雪の降らない星」に引き続きNo.10「火吹き山の魔法使い」について考えていきたいと思います。この物語は非常にファンタジーテイストに溢れていますがその1から10がすべてファンタジーテイストというわけではありません。この「火吹き山の魔法使い」が住む世界は現実と非現実の狭間のように感じています。それは同様にファンタジー要素を含んだ「終わりの世界から」「Killer Song」でも同じことが言えますね。あくまで日常に隠れた非日常を描いているに過ぎません。



追いつけないだから能力使う過去へとリープ

きみは眼が見えない代わり真実だけが視える



惑星が終わりを迎えるその時、人類が進む廃退と衰退、そして先進する科学の一途を辿った「ふたりだけのArk」「Flower Garden」「凍る夢」をあくまで「終わりの惑星」の中での現実とするなら「終わりの世界から」における少女のタイムリープ能力や「Killer Song」における盲目の王の真実を視る目、そして今回の「火吹き山の魔法使い」における魔法の石は非現実。それらは私たちが気付かない中で交わり合い、そして溶け込んでいることを示唆しています。すべてが推理小説のように型にはまった解があるわけではありません。つじつまの合う説明ができるわけではありません。それは我々が個々に持つ心に対する説明と同様なことが言えるのではないでしょうか。現実的「終わりの惑星」らしい物語と同様にファンタジーな物語を交錯させることで彼の意図が如実に浮き彫りになります。物語の少年は、そんな無限の可能性を信じて大好きな少女と共に魔法の石を探す旅に出かけることを提案します。



ある日きみは会うなり こう言うんだ
手に持ってるだけで 魔法を使うことができる 石があるらしい
「是非探すのを手伝ってくれ」と



彼が「夢」として描いた魔法使いになる一歩として、膨大に得た書物の知識にその一つが記されていました。魔法の石は存在する。それは持っているだけで魔法が使えるようになる。場所は活火山の深く。そこで眠れる竜が守っているのだと。彼らはそんなお伽噺に描かれたような「夢」を追い求めその一歩を踏み出しました。


現実と非現実の狭間と彼らの旅路の理想と現実

この「火吹き山の魔法使い」における物語が現実と非現実の狭間を描いた物語だと前述しましたが、それは彼らの旅路にも表現があります。子供ながらに彼らは懸命に考え旅の支度を始めます。活火山へと登るのなら登山の準備が必要だと、竜が石を守るのなら立ち向かう装備が必要だと。可笑しな探検隊を気取った彼らは意気揚々と笑顔で楽しい旅の始まりを迎えました。しかしながらその旅路は想像を絶する厳しさを持ち得ました。山道は険しく、彼らが準備した荷物が多すぎたこと、そして自らがまだ幼い少年少女であったことを忘れ、気取ったその蛮勇をほんの少し悔み始めたのではないでしょうか。ここがまさしく「理想」と「現実」の狭間です。



登山する支度して 戦う準備もして
きみのヘルメット姿には 笑いが止まんない
なんて滑稽な冒険者一行だ


山道は険しすぎて そもそも荷物が多すぎる
でも本当に竜がいるなら これぐらいは必要



彼らは大人しく村で魔法使いになることを「夢」のまま終わらせることができたのなら、この過酷な旅をすぐにでも終えることはできたでしょう。しかしそれほどに少年の決意は弱いものではありませんでした。その意志の固さは実に「Flower Garden」における造花を作り続ける少年と眠り続ける娼婦が明日を生きる糧とした「夢」への希望そのものではないでしょうか。彼らは過酷なこの現実から決して目を背けることなく、立ち向かう勇気をその生きて輝く花々を見る「夢」から得ることができました。お伽噺を鵜呑みにする彼らを決して笑うことなどできません。この少年もまた、魔法の石という「夢」を追い求めることで「強さ」を得ようとしていたのですから。



いつかきみは話した
本物の花を見てみたいと珍しく
でもどこの地上にだって
そんなものはない 夢のようなもの



確かに存在する恋慕と使命感の食い違い

険しい山道を登り、疲れ果てた彼らは休息を取ります。そこで息を整える少年に付き添う少女はその純粋な疑問を少年にぶつけました。「どうして魔法なんて 使いたいのか」と。これまで古今東西からあらゆる怪しげな書物を集めそして読み耽り、少年は魔法使いになることを強く夢見ていたことを少女は知っていました。だからこそ疑問に思うのでしょう。そこまで魔法使いに固執する所以は何なのかと。すると少年はその小さな頬を紅く染めてこう答えます。「この手である人を守りたい」と。少年が魔法使いになりたいと願うその本質はある人をこの手で守る強さを得ることでした。非力な自分でも一人の大切な人を守る術と力が欲しいと、そう願ったのです。



どうして魔法なんて 使いたいのかと訊くと
きみはそっぽを向いて 「この手である人を守りたい」



その後彼らは活火山の火口へ。そこで見たのは書物で知り得た通り、竜でした。非現実が現実へと近づいた瞬間でした。逃げ切れないことを悟った少年は松明を掲げ自ら囮になることを選びます。そして言葉を交わせない距離になった少年は少女へと目でこう告げたのでしょう。「石を探せ」と。この合図が彼らの最期の会話。幼い彼らにとってこのふとした拍子に交わした目配せが最期になることは予想しえなかったでしょう。少なくともこの後幼いままの彼らが村へと帰り、そして石を得て笑いあう日々は失われてしまいました。何故なら少年は少女が石を見つけたときには既に、幼いその華奢な体は竜の鋭い牙に挟まれ、彼はその意識を失っていたのですから。



口にはきみが くわえられてた



少女は竜を焼き払った安堵も束の間、少年の安否に身が震えたことでしょう。しかし少女は実に懸命な判断を下しました。自ら石を手に一端の魔法使いとして再び願いを石へと込めます。そしてもう言葉を交わすことのできない少年を助け出す決意を胸の内へと秘めました。この時既に少女は魔法使いとしての道を選んでいたのでしょうか。



再び念じた きみよダイヤモンドになれ マグマにも溶けない
いつか必ずきみを救い出す もっと魔法を極めて



ここまでで思い出してほしいのがこの「火吹き山の魔法使い」も「終わりの惑星のLove Song」の一つであるということ。少年が魔法使いになりたいと強く願ったのは紛れもなくその大切な、旅路を共にした少女を守る力を得ることでした。そしてその力を欲する根底にある彼の感情は紛れもなく恋慕なのだと思いました。ではこの少女は一体なぜ少年を助けようとするのでしょう。私はこの曲を最後まで聴いたとき、少年が少女を女性として愛する気持ちは伝わりましたが、少女が少年を男性として愛する恋慕の感情を垣間見ることはできませんでした。彼ら二人が魔法使いとして生きていくその理由には食い違いがあります。少女は確かに少年に好意を抱いてはいますがそれが恋慕であるかと言われれば疑問符が残ります。この少女が少年を燃えないダイヤモンドから救い出すその理由の根底には少年が自ら身を挺して守ってくれたことによる使命感、義務感、そして罪悪感が大きく占めているのではないでしょうか。「私」を庇ったことで少年は竜の攻撃を一身に受けたのですから。


火吹き山の魔法使い出生の物語

麻枝さんはこの曲を紹介する際にこう言いました。「この曲は火吹き山の魔法使いが如何にして生まれたのかを記した」と。確かに歌詞に描かれた物語は少女が魔法使いとして生きていくそれまでの出生が描かれています。この事実は物語の今後を考えるうえで大きく示唆を残しました。まずこの事実は少女が、少年がかつて抱いた「夢」を引き継いだことになります。少年がなりたいと願った魔法使いに、この少女は今なっているわけです。少年はダイヤモンドの中で言葉を発することも感情をあらわにすることも出来ませんが、その結晶の中で一体何を思ったのでしょう。「夢」を託したその様は「無敵のSoldier」における無敵の称号をモノにした一人の騎士が幼い悪党の少女に旅路で剣術を教え鍛え、そして最期にその個々の「正義」を見せつける形で少女へ刃を向けたそれと非常に類似しているのではないでしょうか。その時私は、無敵の騎士を少女の「父親像」と捉え、かつて失った娘には見れなかった成長を垣間見れ喜びを噛み締めているのではないかと捉えたことを覚えているでしょうか。「夢」は一人一人が別々に持つものだけれども、それを他人に、愛する人に託す形で成就することだってできるんだと、私たちは既に「無敵のSoldier」で知っていたのではないでしょうか。ですからこの「火吹き山の魔法使い」における少年も無敵の騎士が幼い悪党に自らの正義をその身を挺して教えたのと同様に、自らが願った強さを、守りたいと願った愛する少女が自ら持つことで強く生き続けてもらうことを願ったのではないでしょうか。この時の想いをきっと魔法を極め少年が願った「魔法使い」として少女が強くなった時、彼女は知るのではないでしょうか。これが彼女の魔法使いとして生きていく始まりでもあり、同時に少年との恋路との始まりだったと私は考えました。かつての幼い少女では知り得なかったこの少年への愛おしいと想う気持ち。少年を危機にさらしたことに対する罪悪感が、私を守る強さを得る一心でこの旅を決意してくれたことを知り、やがてこの感情がマグマのように熱い恋へと発展するのは、そう不自然でもないではないでしょうか。


表題「火吹き山の魔法使い」を最後に考える

以上で「火吹き山の魔法使い」の考察は終了です。出生を描いた物語は同時に恋路の始まりをも描いた物語だったのではないかという私の見解ですがいかがでしょうか。久しぶりに書いてみましたが書き始めるとやはり楽しいものですね。考察のところどころに過去作であった曲の想いを重ね、私的なこの「終わりの惑星のLove Song」の舞台も背景もばらばらな曲達がアルバムとして一枚に収まっている所以とクロスオーバーをきっともう感じてくださっている方も多くいらっしゃるかと思います。しかしそれは「Heroの条件」ですべての曲について触れ終えたときに再び書くことにいたしましょう。表題はこの魔法使いの出生が同時に恋の出生であったことを裏付け『「火吹き山の魔法使い」が極めた末に至った恋路の始まり』としました。次回は「Last Smile」です。ご意見・ご感想はお気軽にどうぞ。

【2013/02/18 07:03】 | 終わりの惑星のLoveSong
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